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28-6 梅すだれ 雑賀 お滝の恋

ざわつく心のまま過ごした二日間が過ぎ、マサに会える朝が来た。しかしお滝のはやる心とは裏腹に、嵐が海を荒らし雑賀の村に激しい雨と風を叩きつけた。誰も外には出られず、ただ家の中で嵐が通り過ぎるのを待つばかり。その家も吹き飛んでしまうのでは心配するほどの風が低いうなり声をあげながら吹き荒れている。

お滝は竹で籠を編み、タカベとお桐は米を叩いて脱穀と精米をしている。タカベは飯屋のヒデから米の仕入れ先を紹介してもらい、お滝とお桐が驚くほどの量の稲を調達してきた。脱穀した米よりも稲のままだと安く仕入れることができたのだ。その稲を保管する小さな小屋も竹林と家の間に建てた。薄暗い場所で米を保管するのに適しているが、夏の湿気でカビが生えては元も子もない。ハモと二人で頭をひねり、床板を地面から三尺高くして壁は二重にした。壁板を斜めに張ることで風は通るが雨は入らないように設計してある。場所的に竹林が雨風をある程度遮ってくれるから、今日のような大雨が強風に乗って横降りしても大丈夫だと高を括っている。

調子よく米を打つ二人は吹き荒れる雨風を笑うように、懐かしい浦賀の歌を歌っている。いつもなら一緒に歌うお滝であるが、今日は歌う気になんてならない。マサに会えないことで何度もため息をついている。しかしマサのことなど知りもしないタカベは、最近売り上げが好調なのに売りに行けないことを残念がっているのだと勘違いして、
「一日ぐらいなんだ。嵐が過ぎればまたいくらでも売れるぞ。米はいくらでもある!いっぱい脱穀できてよかったじゃねえか」
と励ますのだが、お滝は浮かない顔で「はあ」と返事ともつかない声を出す。
「ねえちゃんは熱にやられて疲れてるんだよ」
とお桐はここ数日ぼんやりしているお滝の体調を心配している。
頓珍漢な二人を横目に、お滝は黙々と籠を編んだ。

次の日の朝、荒れ狂っていた海は穏やかに波打ち、空は青く澄んでいた。お滝は一刻も早く浜へ降りていきたくて、一つ一つ丁寧にごはんを握っているお桐を急かし、いつもよりも早く浜へ出た。マサの船が来るのは真昼だ。今か今かと海を眺めてばかりいるお滝を、お桐は暑さで呆けていると勘違いして「今日はこれを売り切ったら終わろう。ねえちゃん休んだ方がいいよ」とお滝の体を気遣うのだが、
「何言ってるのよ。こういう日はたくさん売れるじゃない。午後もいつもより多めに売るよ」
とお桐は威勢がいい。突然の土砂降りの雨や、またとない晴天など、天候が急激に変わる時は握り飯がよく売れる。お滝とお桐が「台風一過の大儲け」と名付けたほどに、気圧が大きく変わるとき人は食欲が増す。現に今日も客は絶え間ない。いつもより多めに買っていく者もいる。あっという間に残り僅かになり、昼前にお桐は午後の分の握り飯を作りに家へ戻った。お滝はまさが来る前に売り切れませんようにと祈りながら売り続けた。あと一つになった時これをどうしてもマサに売りたいお滝は、次の客にはもう売り切れたと嘘をつこうと心に決めてマサを待つのだった。

つづく


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