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本当は、競う相手なんて居ないのかもしれない

学生時代、
(と言っても私は高校が帰宅部で「社会」という概念を身につける機会が遅かったため大学時代になるのだが、)
私は多分後輩よりも先輩との方が接しやすかったように思う。
この場合はあくまでも接しやすかった、という広義であって、仲の良い後輩は勿論今でも居る。

先輩という存在は、自分の詰めの甘い部分もなんとなくボカしてくれるし、いかんせん文化系でズブズブのぬるま湯に浸かり続けていた私にとって、「多少生意気な後輩」という立場が居心地良かったのだと思う。

そして現在。

社会人になって、今私は先輩と後輩の丁度真ん中の立場になった。
今でもどちらかというと先輩と話す方が楽である。
多分私はいつまでも甘い汁を吸っていたい節があるのだろう。
しかし、後輩に対しても前程の苦手意識は無くなってきた。

振り返って考えると、社会人になって3年目くらいまでは後輩と話すのがなんとなく苦手だった。
当時の後輩との相性とか、自分の技術不足とか、いろんなものが重なっていたのだ。
上司にも「私を教育担当にしないで欲しい」とお願いしていた程だった。
何故あんなにもしんどかったのか考えると、やっぱり自分のキャパに見合ってなかったからだと思う。

自分の仕事でキャパは既にオーバーしているのに、後輩の世話をしなければいけないという、【義務感】に苛まれていたのだ。

勿論先輩が後輩に教えなければいけないのは【義務】である。

しかし教育というのは難しく、自分の仕事を中断して業務を教えたり、会話をしなければいけない。

自分のペースを乱されるのが嫌いな自覚はあった。

それが続くことが、当時の私にはストレスだった。
負の感情を表に出す方では無いが、その代わり体調を崩しながら働いていたので、当時はつくづく社会人というものを向いてないなぁと思っていた。
早く結婚して社会人というレールを外れてしまいたかった。


しかし近頃はその教育義務が、あまり負担と感じなくなっている。

そして本当に不思議なことに、あんなにも自分には無理だと思っていたその係を、今はメインで行っている。
今担当している後輩の理解力が良いのもあるかもしれない。

でもやっぱり、自分の仕事の要領を掴み出したというのは大きいだろう。
仕事の途中で質問されても、前程イライラすることは無くなったし、自分の仕事を早く片付けられるようになったので「仕事が終わらないかもしれない」という負の感情がチラつくことが減ったのだ。


そんな私にも、後輩の中にどうにも上手く話せない子がいる。
とても若くて、あまり感情を出さないタイプの後輩だ。
上手く話せないというのは断然私のことで、会話をしていても広がらないし、頑張って話してもなんとなく距離を感じてしまう子。
嫌いとか苦手とか、そういうわけでは無いのだが、その子が何でも確認に来るところとか、苦手とする業務をコッソリ避けているところとか、実はそういう部分にモヤモヤしている節があった。

他の後輩とは上手く話せていると自負していたので自分にも嫌気を差していて、どうすればもっと気軽に話せるのか悩んでいた。
しかしそれは、結局自分と同じ土俵で物事を考えていたのだ。
その子と上手く話せないとか、業務に対してモヤモヤするとか、
そもそも私とその子は年齢差だって離れているし、私より早く社会人になっているんだから分からないことが多くて当たり前だ。
私は前述したように、あんなにも新人の時に人との接し方に悩んでいたでは無いか。
若い子と同じ土俵に立って、会話が弾まないとか言ってる場合か。

何故私は、その子に同じ土俵に上がって貰おうと思っていたのだろう。
私が後輩と同じ目線にならなければいけなかったのだ。

こんなに当たり前なことなのに、自覚することでその子との距離感が自然なものになった。
自然とは近づいた、という訳ではなく良い距離感を保っているということだ。

「若いんだから」という枕詞は、あまり気持ちの良い言葉では無いと思う。
しかし社会人の先輩として「若いんだから」許容してあげることは、自分にとっても相手にとっても大事なことだ。
これはもう、歳を取るにつれて意識しなければいけない言葉だ。
勿論言葉に出すのではなく、自分への戒めである。


仕事で教育を始めてから、役職に着くかどうか、の話が出始めた。
結婚して、仕事を辞めてパートになるのが夢だった私が、だ。
そういえば教育に向いてない、社会人が辛い、と思っていた時、私は仕事に対して全く目標が無かった。
別に仕事は嫌いじゃ無いけど、かといって将来的にやりたいこともない。
技術職だし、そのうち体力に限界が来て引退せざるを得ないだろう。
そう考えていた自分の将来像が今は、全く違う姿になっている。

私が今検討されている役職は教育が中心となる係のようなもので、今まで全く考えていなかった未来が見えて、私の役目は今からでも新しく作れるのかもしれないと活路が見えた。
今までだったら責任感から逃げていたけど、こういう進路も悪く無いかもしれない。

私は社会人を始めて何年も経ったが、ようやく明確な目標が1つ生まれたばかりだ。
それまでに一度転職に失敗したり、前の会社に拾って貰ったり、いろんなことがあった。
多分これからも急激に舵を切って進路を変えたり、また新しいことで悩むと思う。
ただ仕事のスタートラインは意外と長いようである。
そう考えると、まだ走り始めても無い気がして、ということは競う相手など居ないんじゃ無いかと思って、少しだけ気が楽になるのだ。


仕事辞めて人生追い込まれてた時の話はコチラhttps://note.com/konomihiyoko/n/naab59240ae88




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