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明日学校に行くために私はリストカットする

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タイトルにリストカットとつけましたが、私の場合はアームカットです。どのみち自称行為のお話なので、こう言う話が苦手な人はご遠慮ください。

ただ、身近な人で自傷行為がやめられないような人がいて、理解してあげたいと思う人はぜひ読んでみてください。
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中学の時にシャーペンで腕を傷つけまくっていました。どんな時にシャーペンを刺していたのかというと、基本的に耐えきれなくなったら、こっそりひっそりシャーペンで腕や手を刺すんです。例えば授業に耐えきれなかなった時、塾で耐えきれなくなった時、家で勉強している時、耐えられないんです。一問一問解くたびに「なんのために勉強しなくちゃいけないんだろう」とかどうでもいい負の感情とかがグァアアと襲いかかってくる。
自傷行為を行ったことがある人は共感できると思いますが「辛すぎて」とか「悲しすぎて」とか「誰かに助けを求めたくて」とかじゃなく、「耐えきれなくて」です。心の痛みを体の痛みに分散しないとやっていけない、そんな感じがしてついやってしまうのです。

初めてしたのは中学1年か2年の頃。部活がハードでいくら自主練をして挑んでも怒られるんです。私中で次第に部活は怒られに行くところになりました。もちろん辞めたいと思っていた、辞めたいを通り越して死にたいとも思っていた。今死ねたら明日部活に行かなくて良い。どんだけ幸せだろうか、と。思っていたものの、まぁ口に出すことは無かったですね。それに、いざ部活に行けば、共に練習の愚痴を吐ける仲間もいるし、なんだかんだ「ここで負けたら終了だ!」というコーチの熱血指導により、見返してやる精神でなんとか3年間続けました。

中学の時、初めて耐えられなくなったんですよね。自分に罰を与えたい!とかそんなんじゃ無くて、ただ単に心の痛みと体の痛みがつながっていないことが嫌だった。だから心と同じくらいの負荷を体にかけたかったのかなと今では思います。
この頃は1人の時間はほとんど泣いていましたね。それか死んだように農場ゲームの世界に没頭していました。箱庭療法の効果でもあったのかな。

それから高校は不登校になりながらも
わりと穏やかな毎日を送っていました。

そして、普通のFラン大学へ進学。卒業後、あの感情がまたひょっこりと現れたのです。耐えられないの感情が。血のついたカッター。あーあまたやってしまった。またやってしまったけれど、かまわない。やってしまわないと明日が生きていけないから。生きていくためだから。

これだけは知ってほしい。自分を傷つける行為は全て死にたいから行っているわけではないということです。それに、気づいてほしいから行っているわけでもありません。耐えられなくなって明日を生きていくためにやっているだけなんです。