プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #4 【月夜に嘲う】 1

 ジュージューと音を立てる鉄板の上の肉を、タンザナが優雅に切り分け、次々と口に運んでいく。そうしてあっという間にステーキ1枚をたいらげた彼女の脇には、すでに山となった鉄板が積まれている。

「……凄まじいペースですね」

 それを隣で見ていたメノウは、その迫力に圧倒されたいた。

「そうですか? まあ、なにせお腹が空いていましたからね」

 だが当のタンザナはそんなメノウの反応など意にも介さず、また新たな肉にナイフを入れた。これで通算6枚目になるが、そのすべての焼き加減がレアであり、美味しそうに頬張るタンザナの口からは時折真っ赤な血が流れた。彼女はそのたびに口元をナプキンで上品に拭いてみせるのだが、時々舌でさっと舐め取ることもあった。その瞬間の彼女の瞳に、メノウは背中に悪寒が走るのを感じた。そこに宿る妖しい光が、チャーミング・フィールドでのあの豹変ぶりを思い起こさせるのだ。そしてそのたびに、答えの出ない疑問が彼女の頭の中を駆け巡る。

(あれは一体……なぜ?)

 この流れが鉄板6枚分、メノウの中で繰り返されていた。お陰で、せっかくタンザナにご馳走してもらった料理が、まるで手つかずのままになっている。

「……やはり、あれですね。少々気に入りませんね」

「……すまない。貴女の好意は嬉しいのだが、なんと言うかまだ食欲が……」

「いえ、貴女ではありません」

 言い訳を試みるメノウを制すると、タンザナはおもむろに立ち上がり、店の後方を振り返った。

「そろそろ出てきていただけませんか? そのようにコソコソとされるのは……好きじゃないんですよ」

 その声の響きには、どこか冷たい感覚があった。ややあって、タンザナの見ている方角とは僅かにずれた物陰から、ブロンドの髪の少女が姿を現した。

「すみません、タンザナさん。あの、私は後をつけるつもりはなかったんですが……」

「ちょっと、アンバー!」

 諌めるような声と共に、茶髪の見目麗しい女性が現れ、アンバーの隣に立った。

「ぬけぬけと何をおっしゃっていますの? まるで自分はタンザナをつけていないかのような……」

「じ、実際そうじゃない。イキシアとカーネリアちゃんが追ってただけで……」

「えっ、ここに来てそんな言い方するの?」

 さらに黒い長髪の少女が、二人の会話に加わった。ここまでの隙に、タンザナは姿勢を変えて追跡者たちに正対した。

「アンバーだってタンザナのこと気になるんでしょ?」

「それはそうだけど……」

 カーネリアとの会話を一旦切り、アンバーが遠慮がちにタンザナに目を向けた。そうしてお互いの視線が瞬間、メノウはまた例の妖しい光がタンザナの瞳に宿ったのを認めた。

「……アンバー様、私が貴女に感じている恩は、言葉には尽くせない程です。ですが、私の嫌いなことをされるというのはまた違うと思います」

「そんなつもりは……」

「とにかく、これ以上の詮索は無用です。それでは、また後ほど」

 反論にはまったく聞く耳を持たず、タンザナはそう言い放つと、そのまま無言でアンバー達の横を立ち去り、店を出ていった。メノウは呆然としてその様子を見送った。鉄板の上で未だ音を立て続ける肉を顧みる余裕は、とても今の彼女にはなかった。

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