第Ⅰ章:ポスト・ヒューマンと技術
人間にとって「技術」とは何なのかと考えるとき、真っ先に思い浮かべるのは哲学者のプラトンが著書『プロタゴラス』の中で語った次のような神話です。
プラトンによれば、人間は「はだかのままで、敷くものもなく、武器もないままでいる」存在でした。そんな弱い存在の人間が現代まで生き抜いてこれた理由は、その弱さを補う技術があったからだといいます。
例えば、槍や弓、住む家、着るもの、履くものなど、そういった技術を扱うことで、人間は他の動物たちから身を守り生き抜いてきたと考えられるわけです。
『プロタゴラス』の神話から技術とは人間の弱さを補うものという考えられると思います。哲学者のベルナール・スティグレールは、こうした技術の側面を「補綴性」と呼んでいます。
技術は、人間ができないことを補う存在、人間の能力を高める存在だと考えられます。つまり、人間と技術はともに支え合いながら存在していると考えられるわけです。
ところが、こうした技術観は近年怪しくなってきました。近年、AIなどの科学技術の目まぐるしい発展によって、そもそも人間は不要になるのではないかという疑いが生じるようになったのです。
AIが発展し、人間の労働を代替するようになれば、そもそも人間など不要なのではないか。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリはAIの発展に伴い、人間の労働者が必要なくなり、「無用者階級」と呼ばれる職を持たない人々が多く登場するだろうと予言をしています。