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「便利なご身分」

同じピアノ教室に通っていたAちゃんという子がいる。傲慢で、自分中心に世界が回っていないと不機嫌になって周囲に当たり散らすタイプの子。私は彼女の圧に屈しなかったというより、そもそも他人に迎合するという発想がなかったので、初日からこれでもかときつく当たられた。気づけばAちゃんだけではなく、一緒にレッスンを受けている子に「消えて」「お願いだからいなくなって」「けいこちゃんさえいなければAちゃんが不機嫌になることもないのに」「上手いんだから別の教室行きなよ。ここにいなくたっていいでしょう」と、泣きながら言われるぐらいには地獄が日常になっていたし、先生までもがAちゃんの演奏を聴いたあと、引きつった笑みでそつのないことを言い、その後で演奏する私には「💢」のマークを隠すこともせず、指導という名目でねちっこく当たってくるようになった。先生もAちゃんに屈したのである。

その後はもう、Aちゃんのやりたい放題。レッスン終わりの教室に私を閉じ込め、私がなんとか脱出できたときには大人たちに「けいこちゃんならもう帰りましたよ。勝手に帰るとか性格悪いですよね」などと大嘘をついて、正面玄関を施錠してもらおうとしているところだったり、彼女にそこのヒガンバナを抜いてこいと言われて「毒があるから触ったら危険」と拒否した結果、怒り狂った彼女に側溝に突き落とされそうになったり。クリスマス会のゲームでは、Aちゃんを勝たせるためだけにその場の全員が結託するのはいつものことで、プレゼント交換では私の用意したプレゼントが堂々と「ハズレ」呼ばわりされ、誰がハズレを引くかという話でえげつないほど盛り上がっていた。悪趣味ここに極まれり。

教室内にやべえやつがひとりいるだけで、その子に対する恐怖心からすべての人間がおかしくなる。そして、その恐怖から逃れるためにあらゆる処世術が正当化されるのだ。自分に矢印が向かないように他人に矢印が向くように誘導するとか、一応止めようとはしたというアリバイを作るためだけに悪知恵を働かすとか。処世術と必要悪と最適解がごちゃ混ぜになった非人道的行為に「そうでもしないと自分がいじめられていた」と怯えたそぶりをプラスすれば、大人はすべてを正当防衛として、率先してなあなあにしてくれるのだ。いや正当防衛ちゃうやろ、過剰防衛も通り越して立派な傷害罪やんということも「逆らえないので仕方がなかった」「被害者には申し訳ないと思っている」と、それもまた本心なことを言えば、これまた面白いように追及されなくなるのだから、つくづく便利なご身分である。どうやら、彼ら彼女らの頭の中には、やべえやつがいなくなった瞬間に発動するリセット機能があるらしく、それが発動した瞬間やべえやつに迎合してやったことはすべてなかったことになり、すべてが起こる前の感覚を都合よく取り戻せるらしいのだ。傷つけられたほうが一生かかっても取り戻せない感覚を、このご身分の人間は秒で取り戻せる。それだけでも憤りしかないのに、街ですれ違えばすべてが起こる前の感覚のまま「元気ー?」などと言ってくるのだ。何年間も危害を加えてきた人間が、やべえやつがいなくなった瞬間、にこやかにベタベタしてくるというのはホラーでしかない。なんというか、彼ら彼女らにとっては、やべえやつなどいなかったことになっているので、街で友達に声をかけるというのはおかしな行動でもなんでもなく、おかしいなどうして冷たいんだろうとノーテンキに疑問を持ち「やっぱあいつ性格悪いな」とほんの一瞬だけ棚に上げた記憶とリンクさせて、また何事もなかったかのように日常に戻ることができるのである。ったく、どんだけ便利なご身分なんだ。

ピアノ教室でも似たようなことが起こった。卒業すれば全員Aちゃんと顔を合わせることがなくなるので、卒業の直前に「傷つけるつもりはなかった」「本当は仲良くしたかった」「Aちゃんがいたから言えなかったけど、本当はけいこちゃんのピアノが好きだった」「よければ文通しない?」などという、何考えてんだおめえな申し入れが大量に来たのである。先生に至っては、重厚な曲を好んで長調より短調で曲を作りたがる私に「作曲が好きって言っても、こんな陰気臭い曲しか作れないような子だなんて、先生恥ずかしくて人に言えないわ」とぶっこいたり、先生達が育てた生徒を「作品」として見せびらかす側面の強い発表会に、私を「珍品」として放り込んだことなど忘れたかのような口ぶりで「あなたは他の子達と違って音楽が好きなんだから、ピアノだけは絶対に続けてね。先生応援してるからね」などと涙ながらに訴えてきた。何をどうしたらそういう話になるんだと言いたくなるようなテノヒラクルーの数々だが、もうAちゃんの機嫌を取らなくていいという解放感は、相手をいつもよりちょっと余計に無責任にするのだろう。こちらにしてみれば、やべえやつに屈してやべえことに加担した段階で、お前も十分やべえやつだよという話なのだけれど、この「便利なご身分」にあぐらをかいている人間に、それが理解できる日は一生来ないのだ。

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