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【週刊プラグインレビュー】Arturia / Tape MELLO-FI

今回はArturiaから発売されているTape MELLO-FIについてレビューしていきます。

まずは製品紹介動画をどうぞ。

Tape MELLO-FI は、ソフトウェアインストゥルメントの Arturia Mellotron V をベースにしたローファイエフェクト・プラグインで、オーディオトラックの質感をビンテージなMellotronの独特なものに変えることができます。

「基本的に、Tape MELLO-FI はどんなオーディオトラックでもMellotronで演奏したような質感にします。」と公式では謳っていますが、その音作りの幅の広さや現代的な出音から、私自身はチャンネルストリップの様にプラグインのインサートスロット初段に置いてしまって、音のざっくりとした歪み感や重心・奥行きを操作するエフェクターとして使用しています。

概要

そもそもMellotron とは?

Hal Chamberlinが発明したMellotronは、本質的にサンプラーの元祖と言えるでしょう。音をデジタルメモリーに録音するのではなく─もっとも1960年代当時にそのようなものは存在していませんでしたが─ アナログテープを使用していました。ストリングスやブラスなどの本物の楽器音を、オルガン的なキーボ ードで演奏できたら...という発想のもとに開発された楽器でした。

Mellotronの内部にはキーボードのキー1つずつに対応するテープの束が入っています。キーボードを弾く と2つのことが起こります:まず、キャプスタンとピンチローラーの間に挟まっているテープを送り出し、テープが再生ヘッドに押し付けられて音が出るという仕掛けになっていました。テープはループしませんが約8秒ほどの長さがあり、キーを放すとバネ仕掛けでテープが先頭に戻るようになっていました。
最初のモデルは1959年に開発されたもので、元々は家庭用オルガンの代わりとして開発され、横1列に並んだ2組のキーボードの左側ではバンド演奏による伴奏を再生することができました。

最も人気の高かったモデルは1960年代後半に登場したM400で、それなりにスタッフが揃っているバンドであればツアーに持ち出せる程度にはポータブルなサイズのものでした。M400のテープは3トラック構成 で、ノブを回すと再生ヘッドの位置が移動してそれぞれのトラックに録音された音を再生できたため、プ レイヤーは手元で音色を切り替えることができました。ですが切り替えられる音色は物理的に3つのみでしたので、それ以上の音色バリエーションが欲しいときにはテープをすべて交換する必要がありました。
数々の不便がありつつも、キーボードプレイヤーがオーケストラのようなサウンドを演奏できたのは Mellotronだけで、そのサウンドはMoody Bluesなど数多くのアーティストの楽曲で耳にすることができ ます。もちろん、The Beatlesの"Strawberry Fields"のイントロで聴かれるフルートもMellotronの音です。

https://www.arturia.com/products/software-effects/tape-mello-fi/resources

Mellotronはなぜローファイなのか?

どんなにていねいに扱ったとしても、テープは時間とともに劣化していきます。Mellotronを演奏するということは、テープの再生と巻き戻しを何度も何度も繰り返すことになりますから、アルバムのテープを聴くのとは桁違いに過酷な状況をテープに強いることになります。
こうしたことの1つ1つがMellotronのサウンドを孤高のものにさせ、そのレトロ感あふれる他では味わえないものにさせています。そのため、当時は不完全と思われていた機材も、今では人気の的です。
B-3オルガンの迫力あるサウンド、真空管の歪み、8ビットサンプラー、そしてMellotronのテープもその1つと言えるでしょう。

https://www.arturia.com/products/software-effects/tape-mello-fi/resources

私自身Beatlesの「Strawberry Fields Forever」のイメージが先行しすぎていて、Mellotron系のプラグインが全てヴィンテージ思考のテープシミュレーターであり、特定の楽器や奏法向けで、最近の音楽には合わないだろうという考えが付き過ぎていました。
その為プラグインの良さに気づくのに時間がかかってしまいました。
反省しています。

このレビューを読まれた方には、ぜひ食わず嫌いせずにインストール、まずはサウンドを聞いていただければと思います。


機能の解説

引用:https://www.arturia.com/products/software-effects/tape-mello-fi/resources

Tape MELLO-FIのメインパネルは大きく4つのセクションに分かれています。

1:PREAMP

プリアンプセクションには、テープサチュレーションやよりアグレッシブなオーバードライブをシミュレ ートするDrive回路と、Toneノブ、アナログテープのヒスノイズをミックスできるNoiseノブがありま す。

1.1. Drive
アナログテープの魅力的な質感といえばサチュレーションで、テープに高レベルで録音することで生じることのある心地よいタイプのハーモニックディストーション (高調波歪み) を指します。
テープに含まれる 磁性体が入力信号を最大限に再現しようとする状態がまさに飽和した状態となります。Driveノブを右へ 回していくとサチュレーションが増大していきます。

1.1.1 Boost Button
Driveノブのすぐ下にあるボタンを点灯させると、Drive回路に入力する信号レベルを最大11dBブーストします。
これによりテープサチュレーションを超えて、Mellotronをビンテージのチューブギターアンプに接続してフルボリュームにしたような歪みの世界に突入します。

1.1.2 Automatic Gain Compensation - 自動ゲイン補正
DriveノブやBoostボタンの状態に関係なく、Tape MELLO-FIは自動ゲイン補正が常時動作します。これにより、Driveノブを極端なセッティングにしていても、出力信号のレベルは一定となりDAWのトラックでレベルが過大になってしまうようなことはありません。

Driveツマミに関しては基本的にハイ上がりな印象です。
Arturiaが先に発売していたPreampシリーズと同じく、インプットゲインをあげていっても出力レベルが上がらないという現代のDAWのレベル管理において便利な仕様になっているので、クリッピングやレベルオーバーを気にすることなく、歪み感だけを享受することができます。ありがたい。

1.2. Tone
Tape MELLO-FIのTone回路は、Mellotron M400のトーン回路の特性をモデリングした一種のEQとなって います。Toneノブを左へ回していくと高音域が抑えられたように聴こえますが、実際にはかなり複雑なことを行っています。Toneノブを右へ回していくとバンドパスフィルターの周波数がわずかに上昇し、 それに伴いレゾナンスも微妙に上がります。この変化は極めてわずかなものなのですが、実際にはそのように動作しています。

1.2.1. Tone Button
Toneノブのすぐ下にあるボタンで、Tone回路のオン/オフ切り替えができます。Tape MELLO-FIのその他のパラメーターによる効果をTone回路込みで、あるいはTone回路抜きでチェックしたいときなどに便利です。

後述の計測の項で詳しくデータは載せますが、このToneのToneカーブがかなり変わった形をしているものの、恐ろしく音楽的で面白いです。
ギターやベースなどを触っている方で、「ボディのToneツマミみたいな音の変化をするエフェクターがあれば良いのにな」と思ったことはないでしょうか。
チャンネルストリップ系ともTilt EQともPultec系とも違う音楽的なフィルタリング。
それがMELLO-FIでは実現できます。

1.3. Noise
アナログテープにとって不可避なものがヒスノイズです。そのテープがMellotronのものであろうと、カセットテープであろうとヒスノイズは少ないほうが良いとされています。ですが、このことはTape MELLO-FIには当てはまりません。
つまり、ビンテージの不完全さを好きなだけ取り込むことができるのです。Noiseノブを上げていくとヒスノイズのレベルが上っていきます。


2. Tape Section

Tapeセクションでは、アナログテープやMellotronの再生機構をコントロールします。微細な変化から極端な変化まで、多彩なコントロールができます。

2.1. Wow and Flutter
ワウとフラッターはそれぞれWow, Flutterの各ノブでコントロールします
テープやレコードのような物理メディアを走行/回転させてオーディオ信号を再生させるというメカニズムには本質的に欠陥があります。
Mellotronの場合では、テープスピードの不安定さ、つまりチューニングが一定しない問題があります。

Flutter:このノブで高周期のピッチ変化を調整します。ワウが低周期のいわば"船酔い"的 なピッチ変化であるのに対し、フラッターは気持ちの悪いビブラートに近い現象で、これは Mellotronやテープデッキのモーターの回転が不安定になることで引き起こされます。
Wow:このノブで低周期の回転ムラ (ピッチの変化) を調整します。アナログの世界では、 これは正確なテープスピードの維持に関与するホイールやキャプスタン、それとピンチローラーの劣化が一般的な原因で起こる現象です。

2.2. Wear
機械式の再生システムには厄介なことがもう1つあります:何か (テープなどのメディア) は、何か (メディアに記録された情報を読取る装置) に接触しなくてはならない、ということです。
そこでは当然のこととして摩擦が生じ、結果として摩耗につながります。Mellotronの場合、テープは繰り返し再生ヘッドに押し付けられますので、テープの磁性体が徐々にこすり落とされていきます。
Wearノブでは、テープの状態を軽度の摩耗から擦り切れる寸前までの範囲でシミュレートすることができます。サウンド的にはピッチのランダムな変化と歪みを調整します。

2.3. Mechanics
Mellotronでは電気モーターで回転する重たいフライホイールを使用していました。フライホイールの惰性で、キーボードを弾いた瞬間にテープが適正なスピードで走行することができ、それによって正確なチューニングを出していました。このフライホイールもかなりの量のノイズを出し、Mechanicsノブでその量を調整できます。

Tapeセクションには他のテープやヴァイナル系プラグインで見慣れた項目が並びます。Wow Flutterに始まり、物理メディアであるテープの劣化をWearで、ホイールのノイズをMechanicsで再現します。

Wow FlutterはLFOの設定はできないものの、%の調整が絶妙なのか、明らかにわざとっぽい音になりづらく、どんな素材にも適応できる印象です。
おおよそ30%程度までならピッチの変化も気にすることなく素材に足して揺らぎを付加することができます。

PREAMP部をスルーさせて、Tape Sectionだけで素材にアナログ感を持たせていくのも有用だと思います。

3. Tape Stop

これがTape MELLO-FIで最も楽しい機能かも知れません。このセクションでは、DAWを再生させたままの状態で、"テープ"をスローダウン、あるいは完全に停止させることができるのです!
その効果は、アンプの電源を切ってもまだ音が少し出ている状態や、ターンテーブルをスローダウンさせて回転と同時にピッチも下がるといった感じになります。

3.1. Flywheel
Mellotronの内部動作をフライホイールのアニメーションで表しています。
このホイールをクリックしたままにすると、トラックのスピードやピッチが下がります。そのままクリックした状態を続けると完全に停止し、マウスボタンを放すと元の回転に戻っていきます。

3.2. Tape Stop Button
再生と一時停止アイコンのボタンで、"テープ"のスローダウンをボタン操作で行えます。この場合、マウ スボタンでホイールを"止める"操作は不要です。ボタンを1回クリックするとスローダウンが始まり、もう1回クリックすると元の回転に戻っていきます。

公式の解説動画でもこのスイッチを使ってDJのようなプレイを楽しんでしますが、このスイッチは大分遊べます。
ホイール部分を直接マウスクリックすることによって、実際にホイールに手をつけたような感覚でテープストップを楽しめます。
またテープストップタイムはDAWにテンポシンクしており、他のテープストップ系エフェクトでは見られない長尺の8小節をかけてのテープストップも可能です。

テープストップって結局テンポシンクの4分音符か全音符で止めるか、ものすごい長尺でエフェクティブに使うか、くらいなので現場をよくわかっている設計だなと思います。さすがArturia。

4. Output Section

Tape MELLO-FIからDAWのトラックにオーディオ信号を戻す最終段階が、このアウトプットセクションで す。

4.1. Bypass Switch
大型のオン/オフスイッチがTape MELLO-FIのバイパススイッチです。

4.2. Output
このノブでTape MELLO-FIからDAWのトラックに戻すオーディオ信号のレベルを調整します。デフォルト 設定は0dB、いわゆる"ユニティゲイン"で、入力信号と同じレベルです。このノブの可変幅は、 -70dB〜+10dBです。

4.3. Filter
Tape MELLO-FIには、1ノブでローパスかハイパスで動作するフィルターがあります。このノブを回すと カットオフフリケンシーが変化します。ノブのセンター位置 (12時の位置) から左へ回すとローパスフィルターとして動作し、センター位置から右へ回すとハイパスフィルターとして動作します。センター位置でフィルターがかかっていない状態になります。

このフィルターは信号経路の最終段、Output ノブの直前にあります。そのため、Tape MELLO-FIのオーディオ信号は必ずこのフィルターを通ります。

このフィルターは12dB/Octのスロープで、カットオフフリケンシーのレンジは70Hz (ローパス) から10kHz (ハイパス) です。

個人的にMELLO-FIで重宝しているのはこのワンノブのフィルターセクションです。右に回せばハイパス、左に回せばローパスとして機能します。
音作りをざっくり終えて、2Mix中に素材を落とし込んでいく際に大活躍します。案外思っていたのと逆のフィルターを使った方がオケ中に馴染みやくなるのが面白いです。
またローエンドハイエンドのマージンを簡単に作り出すことができるので、結果的にマスター段でのピークレベルのコントロールに役立ち、本当にフルレンジで出したいベースやキック、メインボーカルなどに場所を譲ることができます。
トラック単位でのこういうコツコツ作業、大事です。

5.Stereo Width

メインパネルの欄外にはなりますが、MELLO-FIにはSrereo WidthのON/OFFボタンがあります。
これは左右のチャンネルのWowとFlutterの量に微妙な違いを与えて、ステレオ感を演出するというものです。

隠れた場所に設置されたスイッチですが、これがかなり強力です。
多少ケミカルな質感はありますが、スラップバックディレイやDimensionなど、明らかに「後付けで広げました」というような質感にはならず、アナログの個体差によって生まれたステレオ感に収まっているので非常に扱いやすいです。

計測

ただのMellotronシミュレーターに収まらない音作りの幅と、あまりに音楽的な出音が気になったため挙動を計測して、何が起きているのかを目視してみることにします。

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