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「わからない」の裏側にある「変わりたい」について〈関係構築から考える〉

こんにちは。就労支援員のサイトウです。

就労支援の中で、支援者はクライアントに対して多くの質問を投げかけます。しかし、そうした質問に対して「わかりません」と返ってくることも少なくありません。そこで「そうか、わからないのか」とそれ以上深掘りせず諦めてしまうのは、少々、というよりとても勿体無いような気がしています。

わたしはこの「わからない」の裏側にこそ、その方の本当の願いや希望、困りごとや心配ごとといった本音、そして変わりたいという思いがあるのではないかと考えています。「わからない」という言葉の意味を鵜呑みにするのではなく、そのもう一つ先まで想像することが大切ではなのかもしれません。

今回はこの「わからない」の言葉が出てくる理由、またその言葉をどう捉え、本当の思いを聴くためにはどうすればよいのか、少し考えてみたいと思います。

一点注意したいのは、今回扱う「わからない」は知識として「知らない」とは異なります。例えば、「アインシュタインの特殊相対性理論を知っていますか?」「わかりません」と言う会話は、知識として知らない(逆に言えば、知識をつければ理解できる)事柄です。そうではなく、本人の気づきによって言語化可能なことについて考えたいと思います。

それでは「わからない」とクライアントが述べる理由はいったいなんなのでしょうか。



①支援者を信頼できない
この人に話しても無駄だ。反論される、恐怖感がある…。
支援者との信頼関係が築けていないため、答えようとしないことがまず考えられます。
信頼関係の構築とは、難しいものです。初対面の時から意気投合し、すぐに信頼関係を作れる場合もあれば、何度も会話を重ね、十分な時間をかけて信頼関係を構築する場合もあります。
また、一度できた信頼関係は、言葉ひとつで簡単に崩れてしまうことだってありえます。そして、一度崩れた信頼関係を取り戻すのは容易ではありません。
つまり、ここでいう「わからない」は「あなたには言いたくない」と同義であると考えられます。


対応:支援者とクライアントは家族でも友達でもない、支援関係を結んでいるだけの他人です。そういった意味で、支援者は最初は疑われて当然の存在だといえます。
信頼関係を構築するために、会話のテクニック等はもちろん重要です。しかしながら一番大切なのは「わかってもらえるかも」というクライアント側の安心感を作ることであり、それを作るための支援者側の姿勢であると考えています。「わかってもらえるかも」としたのは、他人の思考・感情を100%理解するということは不可能だからです。
臨床心理学者のR.メイは関係構築のキーワードに「共感」を挙げています。C.ロジャーズの「共感的理解」は有名ですが、わたしはR.メイの言葉を重要視しています。彼は共感を「人格のより強い同一化の状態を意味し、その状態では1人の人が他者に、一時的に、自己の同一性を失うほど感情移入していること」※1としています。少し小難しい表現ですが、わたしなりの解釈では「自己の同一性(わたしがわたしであるという感覚)を忘れるくらい相手の立場でものを見たり考えたりする状態」と捉えています。先述したように他人の思考・感情を100%理解することはおそらく不可能です。でも、できないとわかっていながらも、共感しようとする姿勢こそが大切なのだと思います。そうした思いがあれば、たとえ不器用でも相手には伝わるのではないでしょうか。クライアントは、最初は小出しかもしれませんが、思いを語ってくれるかもしれません。
信頼関係を構築するための他の技法は様々な理論家、実践家が説明していますので割愛しますが、先ほどのR.メイは信頼関係構築の第一歩として「相手の言葉を使う能力」※1を挙げています。時と場合にもよりますが、私もクライアントの言葉遣いや話す速度、抑揚などを聴きながら相手とのチャンネルを合わせる努力をしています。そうしたことが、共感するための一つのポイントなのかもしれません。




②わからないと言うことで構ってもらえる
ここで取り上げる「わからない」は①とは逆の現象です。信頼関係はできているが、その関係性が過度なものになっている。クライアントは「この支援者に頼めばなんでもしてもらえる」という感覚になっており、常に支援者に助言や指導を求めている状況です。厳しい言葉で言えば、自身の判断や責任を放棄している状態といえるでしょう。これを厳密に「信頼関係」と呼んでいいのかはわかりません。「依存関係」ともいえるかもしれません。この状態では、クライアントは自身の目標達成に自らの力を注ぐことができません。


対応:結論から言えば、本人に責任を返していく必要があると思います。しかしながらそれは簡単なことではありません。クライアントは、過去の様々な体験で傷つき、自分で自分をコントロールできる能力や、ポジティブな未来を想像する力がないと考えていることが多く、そのために支援を必要としています。そうした傷つき体験を持った方々が、藁にもすがる思いでやってきたときに、単純に「それはあなたの責任で、あなたがやってください」とはいえません。安易に責任を返しては、支援者への怒りや不満の感情が生まれても仕方がないと思います。

クライアントが支援者に対して依存的である場合には、信頼関係の構築を再度目指す必要があると思います。「あなたの力になりたい、でも、あなたができることはあなた自身でやってもらいたい。私はあなたの大切な人生を操作する立場でありたくない」ということを理解してもらうことが必要ではないでしょうか。

ここで大切になるのは「バウンダリーを意識しながらもその人の目標達成に向けて支えたい」という支援者の思いであると考えています。
バウンダリーとは境界線のことです。先程、支援関係は家族でも友達でもないと述べました。しかしながら我々は皆人間ですので、信頼関係を築く中で、片一方が好意を抱いたり、嫌悪感を持ったりすることはありえます。フロイトはこれを「転移」「逆転移」などと呼びました。本来別の人(親や友人、恋人)などに向ける感情が、支援者やクライアントに向くことです。
転移、逆転移を上手に活用するというテクニックもありますが、支援者側がクライアントとの境界線を意識し「相手のためになるのか?支援の目的はなんだったか?」と常に意識し、自問自答することは重要だと思います。
プレゼントをもらうことはよいのか、一緒に食事に行くことは?飲みに行くことは?…答えは時と場合によって変わりますが、その方の目標達成のために必要かどうかといった思考は、忘れずにいたいです。

バウンダリーを保つ方法として、形式的な契約は重要です。支援契約を結ぶことで、どこまで支援者ができることなのかを線引きできます。また専門職であれば各資格団体の倫理綱領が参考になるでしょう。たとえば精神保健福祉士の倫理綱領には以下のような記載があります。

倫理基準1.クライエントに対する責務
(2)自己決定の尊重b 業務遂行に関して、サービスを利用する権利および利益、不利益について説明し、疑問に十分応えた後、援助を行う。援助の開始にあたっては、所属する機関や精神保健福祉士の業務について契約関係を明確にする。
(5)一般的責務b 精神保健福祉士は、機関が定めた契約による報酬や公的基準で定められた以外の金品の要求・授受をしてはならない。

精神保健福祉士の倫理綱領 公益社団法人日本精神保健福祉士協会HPより

資格がないとしても、これらの姿勢を保つこと、そこでの関係構築により、過度な依存やクライアントの代わりに責任を負うことは避けられるのではないかと思います。そうすることで、クライアントは「わからない(から代わりに考えて)」という思考から脱却できるかもしれません。


①②ともに、支援関係に問題がある状況といえます。よい支援関係を築く第一歩として、F.P.バイステックはクライアントの感情表出を助けることを挙げました。彼は「感情表出は、クライエントが彼の問題を自ら解決する原動力であるといってよい」とし「クラエントが感情表現を許されず、ケースワーカーの感情と解決策だけを押しつけられるとすれば、彼らは自ら問題に取り組むことができない。このような援助は、望ましくない二つの結果のどちらかを招くだけである。すなわち、相談の中断を招くか(①)、クライエントの過依存をつくり上げるか(②)である。」(数字は筆者が加筆)※2と述べました。支援者は「わからない」という発言に出会った際、支援関係が自由な感情表出ができる状況なのか、見直すことが必要なのかもしれません。


③自分の希望を諦めている
仮説2でも説明したとおり、クライアントは過去の失敗体験、「どうせ無理」という諦めを持ってやってくることが多いです。ありたい姿と自分の現状との乖離から、変化することに恐怖心を抱き「わからない」と述べる場合もあると思います。これは、支援関係が良好であっても起こりうるべきことだと感じています。
私は、この「わからない」の裏には「本当の希望」が隠されていることが多いと考えています。つまり、クライアントの変化を促すチャンスであると捉えることができるということです。
一方でクライアントが本音を語るには、自分の弱さを曝け出さなければなりません。弱さは自覚していたとしても、できれば考えたくないしょう。また指摘されると「痛いところをつかれた」と思って明確に否定するか「わかりません」と対話を終わらせようとするかもしれません。この思考は前述した支援関係(信頼関係、依存関係)によって左右されると考えられます。

対応:この場合、私たちに大切なことは「クライアントを劣った人と決して捉えないこと」だと思います。クライアントにはストレングスがあり、支援者はクライアントが希望を見出し、ストレングスの発揮できる支援をする必要があります。
ストレングスモデルという考え方をまとめたC.A.ラップらは、クライアントには希望が内在していること、それを表明するための支援が必要であるとし、希望を引き出す行動を9つ挙げています。※3 これらはどれもクライアントには希望があり、それを見出すことができるという信念によって生み出されたものです。①で示した共感的な対応も、②で示したクライアントに責任を返すことも記されています。
「わからない」という言葉の裏に本音が隠されていると仮定するならば、その部分に光を当てる支援が必要になります。そして、クライアント自身がそれを表明し、行動しなければなりません。
この動機づけを高めるには、動機づけ面接(Motivational Interviewing)が有効であるとされています。動機づけ面接は「ガイド(中間)スタイル」といわれています。(図1)

図1 ミラーら(2019)※4

ここで説明されているのは、コミュニケーション様式の連続体についてです。指示スタイルは支援者が率先して助言、指導を与えるもので、場合によっては②のようにクライアントの責任までも背負ってしまう可能性があるとでしょう。ミラーらは、指示スタイルの使い過ぎは「人を変える点では効果がないか、かえって害になることもある」※4と述べています。一方で追従的スタイルは徹底的な傾聴により本人自身の気づきを大切にする姿勢であると考えられます。カウンセリングにおいては重要な姿勢ですが、極端すぎるような気もします。わたしは大学生の頃、C.ロジャーズのデモンストレーションを見たことがあるという教授からその様子を聞いたことがありますが「石のように固まっていた」と話していました。果たしてそれを支援と呼べるのか、わたしとしては疑問が残ります。
動機づけ面接は中間の協働的なスタイルで変化への方向づけをガイドします。クライアントの「わからない」を両価的な側面「変わりたい・・・でも」に変化させ、光を当てていきます。結果的にどうするかという選択はクライアントに任されますが「わからない」を深堀りし、クライアント自身が重要視していることを明確にするための有効な手段だといえるでしょう。



以上、今回はクライアントの述べる「わからない」の裏側について考えてみました。今回の記事では、それを聞き出す具体的なテクニックについては触れていません。それらについては著名な方々が様々な本で秀逸な技法を解説されています。今回書きたかったのは、冒頭でも話したように「わからない」の裏側に、その人の本当のニーズ(変わりたい思い)が隠されている可能性が高いこと。すなわち「わからない」という言葉はこの先の対話を続けるためのチャンスであること。支援者に求められるのは、一度の面談だけではなく、様々な関わりを通して、その方に想いを馳せながら、その裏側を探っていくことではないかということです。

クライアントとの関係構築に困っていたり「わからない」と対話を拒まれている方々の参考になれば幸いです。



今回もお読みいただきありがとうございました。




-引用-

1. R.メイ著・黒川昭登訳(1992)『ロロ・メイの新・カウンセリングの技術』岩崎学術出版社,p.64,p.68 https://amzn.to/3ONcdaK

2.F.P.バイステック著・尾崎新他訳(1996)『ケースワークの原則[新訳版]』誠信書房,p73 https://amzn.to/3SPkYSy

3. C.A.ラップ・R.J.ゴスチャ著・田中英樹監訳『ストレングスモデル[第3版]』金剛出版,pp375-377. https://amzn.to/49mdw8O

4. W.R.ミラー・S.ロルニック著・原井宏明監訳(2019)『動機づけ面接〈第3
版〉上』星和書店,p5,p7. https://amzn.to/3I4O37K




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