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戦いは、朝はじまる

朝のルーティン。
それは、トイレットペーパーの向きを「正す」ことから始まる。

我が家のトイレットペーパーはIKEAのこんなスタンドに収まっている。
プラスターの薄い壁が多いイギリスの家では、壁にねじで取り付けるトイレットペーパーホルダーだと経年でぐらぐらしてくることが多いので、こういったフリースタンドのトイレットペーパーホルダーが主流だ。

そして、ヴィンセントがやってきたあとは、必ず、トイレットペーパーが反対向きになっているのだ。
そう、私は表向き(Over)派。ヴィンセントは裏向き(Under)派。

トイレットペーパーの切り口が壁をむいてるのがUnder。
ありえん。

朝、まだ半分眠っている脳で、トイレットペーパーの切り口を探し、うまく見つからず、はっと思い当る。
ちっ、またやられたぜ。

家を増築工事している間、私はヴィンセントのフラットに転がり込んでいた。その時は、不満を抱きつつも、我慢した。

でも。
私の家は、私のルール。
だから、勝手に裏向きにするなと言い続けているのに、それでも絶対に反対にされている。
ずっと繰返したら、いつか私が改宗するとでも思っているんだろうか。

いや、逆に、私はなんどもヤツの改宗を試みて、布教活動をつづけたのだ。

蓋つきの据えつけホルダーを考えたら、どう考えたって表向きが正しいだろう、とか。

蓋で抑えるんだからOver。
どう考えたって、そう。

裏向きになっていたら、ペーパーをぐるぐるしないと切り口が見つからない。非効率だ、とか。

1891年にトイレットペーパーに切り目を入れるという特許を申請した時の文書だって表向き。
だったら、もう、どう考えたって、表向きの勝ちだろう、とか。

1891にSeth Wheelerがトイレットペーパーの切り目に関する特許を申請した時の図

でも私の地道な表派への改宗啓蒙活動は、10年以上経った今も成功していない。

これ、実は欧米ではわりと有名な「論争ネタ」だ。

アメリカの有名司会者オプラ・ウィンフリーは、自身のテレビ番組のなかで公開ディベート(討議)を開き、大いに盛り上がった。

"Let me say that I, Oprah Winfrey, am an over girl myself,"
「云わせてもらう。私、オペラウィンフリーは、表向きガールである」

アメリカでは何十年にも渡り、あなたはどちら派というアンケートが行われており、6割かそれ以上が表、裏派は3割以下にとどまっている。

たった3割とみる表派。
いや、3割もいるととらえる裏派。

裏派といったら。あきらめが悪いのだ!

もちろん、これは、いわゆる「ディベートを楽しむ」文化であるからこそ続いている論争だ。

トイレットペーパーの向きについての対立は、思想や宗教的背景といった火種になりそうなポイントに触れるものではなく、そのくせ、非常に個人的な、そしてなかなか簡単に変えることのない嗜好に深く関わっているから。

そして、そのことが、この論争を、とても平和で、かつ終わりのない楽しいものにしているわけだ。

だからこそ、ジョークの種にもなる。

風刺的ジョークで知られるアニメ「シンプソンズ」には、「トイレットペーパーが不適切な、表向きのやり方でかけられていた」ことを理由の一つとして、家に児童福祉の調査員がやってくるというエピソードがある。
アニメを作った人は裏派の先鋒者に違いない。

ということで。
また、私は朝、トイレットペーパーの戦いに挑む。

この終わりのない戦いは、
いつも、
朝、始まるのである。

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