スポーツ価値ヘッド

スポーツに価値を持たせるには?

1. スポーツって何だっけ?

 スポーツ(sports)の語源はラテン語で「デポルターレ(deportare)」といわれています。
 これは英語での「carry」にあたり、もともとは「運搬、運び去る」の意でしたが、精神的な転換という意味に転じていき、「義務からの気分転換、日常からの解放」という意味になっていました。
ちなみにスポーツ庁のWEBマガジンもデポルターレという名前でやっています。
https://sports.go.jp/special/policy/meaning-of-sport-and-deportare.html
 すなわち、そもそもスポーツは「気晴らしをするための遊び」であったと言えるでしょう。
 最近、「スポーツの価値を~」という主張や議論が多いです。背景としては、2015年にスポーツ庁が設立され、内閣の「日本再興戦略2016」「未来投資戦略2018」においてスポーツ市場規模を2015年の5.5兆円から2025年までに15兆円に拡大することを目指すと謳われる中で、市場規模の拡大には「スポーツの価値の発揮」が必要不可欠である、という見解が多いことが挙げられます。

では、前項で言及したように、そもそも「気晴らしをするための遊び」であるスポーツにはどんな価値があるのでしょうか?

2. スポーツの価値とは?

個人的に考えるスポーツの価値には以下のようなものがあると思います。

①社会性が身につく
②体力向上・健康増進に寄与する
③精神的な発達を促進する
④観ている人に感動・エネルギーを与え話題を提供する
⑤大きなコミュニティを形成する
⑥知的な発達を促進する
⑦成功体験を得ることによって自己肯定感の向上させる

が挙げられます。
順に考えていきます。

①社会性が身に着く
スポーツは「気晴らしをするための遊び」ですから、スポーツの価値には「スポーツに限らない遊びに共通する価値」と「スポーツならではの価値」の2種類あると考えられます。
 まず、前者の「遊びに共通する価値」についてです。
 「遊び」に関して最も有名な古典、ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」やカイヨワの「遊びと人間」によると、遊ぶことが人間の文化形成に大きな影響を与えている、と考えられています。
 これはどういうことかというと、遊びにおいては、ルールがある中で、ルールを守りながら楽しむことを基本としながらも「ウラ技」を模索して勝とうという活動も生まれます。しかし、「ウラ技」が「反則」まで外れてしまうと遊びがつまらなくなり、崩壊します。また、「ルールの変更」によって、遊びがより夢中になる遊びに進化したりします。
 この「ルールの順守」、「ウラ技の模索」、「ルールの変更」が人間が集団で生活していくうえでの基盤となっているのです。すなわち遊びの中でのルールとの関わりが、村が健全に運営されていく上での規則の運用に昇華されていき、現代の国家・企業の運営、コミュニティの文化の醸成の基盤となっているとの考えです。
 まとめると、「遊ぶことによって人間社会でのルールとの関係性を育み、社会性を身に着けている」ということが言えます。

②体力向上・健康増進に寄与する
 次に、遊びの中でも「スポーツならではの価値」は何か?です。
 まず、スポーツの定義から出発して考えたいと思います。
スポーツ基本法の中でスポーツは「心身の健全な発達,健康及び体力の保持増進,精神的な充足感の獲得,自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」と定義されています。
わかりやすく分解すると
4種類の目的

「心身の健全な発達」
「健康及び体力の保持増進」
「精神的な充足感の獲得」
「自律心その他の精神の涵養」


を実現する手段

「個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」

  となっています。
 このなかでスポーツが他の遊びと違って特徴的なのは目的の「心身の健全な発達」「健康及び体力の保持増進」「自律心その他の精神の涵養」であると言えます。
 この特徴を生み出しているスポーツの独自性は2つあると考えられます。
 まず1つは「遊びの中でも身体活動であること」です。
  遊んでいる中で身体活動をしているので、「心身の健全な発達」「健康及び体力の保持増進」のように身体の発達や健康増進を測ることができます。
  
③精神的な発達を促進する
 スポーツの定義から考える「スポーツならではの価値」のもう1つは、遊びの中でも、スポーツは基本的に皆が同じルールで行い、ルールの運用が他の遊びよりも厳格であることです。「審判」がいる遊びはほかにあまりないのではないでしょうか?
 これにより、ルールを守ってどのようにプレーするか、という意識が他の遊びよりも強く働くため、「心身の健全な発達」「自律心その他の精神の涵養」のような精神的な発達に寄与すると考えられます。

④観ている人に感動・エネルギーを与え話題を提供する
 スポーツの定義から、「スポーツならではの価値」を見ていきましたが、また別の視点からスポーツの価値を考えることができます。
 スポーツの定義から考えた場合はスポーツを「する」という視点でしたが、スポーツにはさらに、「観る」「支える」という関わり方があります。
 そして、その「観る」「支える」という活動にも価値が生まれる、というのがスポーツの大きな特徴といえるのではないでしょうか。
 「スポーツを観る」ことは広い意味での「遊び」といえます。観ている人同士の交流など、そこに社会的な活動が生まれますね。
また、スポーツには観ている人を感動させエネルギーを与えるという不思議な力があります。
 2004年にJリーグのアルビレックス新潟がJ1に昇格した際には、地方の親会社を持たないクラブでも大企業を親会社にもつクラブと対等に戦っているということが新潟県民に大きな希望を与え、毎試合4万人を動員し、観客動員数でJリーグ1位を記録していました。当時、「新潟県出身ということをこれまでは恥ずかしいと考えていたが、アルビレックス新潟のおかげで新潟県出身であるということを誇らしく思えるようになった」という声が多くあったそうです。
 また他にも、2011年のなでしこジャパンのW杯の優勝は3.11東日本大震災で暗い雰囲気になっている日本に大きな感動と勇気を与えました。2018年の夏の高校野球で秋田県代表の金足農業が秋田県勢として103年ぶりに決勝進出し、秋田県民に大きな希望を与えました。
 そしてスポーツを観て感動した人がその後に行うのは「感動の共有」です。学校や職場、家庭に戻った時に、スポーツで感動したことが話題になります。話題がある、ということは人の交流が活性化するということです。人の交流が活性化するということは次項の大きなコミュニティの形成につながっていきます。

⑤大きなコミュニティを形成する
 スポーツは支える人がいないと継続的に行っていくことができません。審判、運営、施設管理、マネージャー、トレーナー、ドクターなど、スポーツを実施していくには様々な人の力が必要です。
これはスポーツはカジュアルな遊びではなく、どちらかというと大掛かりな遊びであり、「多くのステークホルダーを抱えている」という特徴があると言えます。
 これはスポーツのデメリットとも言えますが、逆にする人や見る人も含めスポーツが大きなコミュニティを形成する、というメリットとも言えます。
 前項のスポーツが話題を提供する、というところもこのコミュニティの形成に寄与すると考えられます。
この、スポーツのコミュニティ形成力は様々なところで活用されています。
 地域における住民同士の交流を活性化するためにスポーツ大会をする、というのは多くの地域で行われています。企業でも社員の交流を促進するために社内運動会という取り組みもありますね。

 発展途上国に対する国際開発の分野でもスポーツが活用されています。例えばケニアから始まった「マザレ青少年スポーツ協会」の取り組みがあります。
 まず、国連環境計画(UNEP)で活動していたカナダ人の方がナイロビで人気の高かったサッカーに目をつけ、近代的なサッカーを教えながらリーグを組織化していきました。リーグ戦では試合結果の勝ち点のほかに、清掃活動などの地域貢献をしてチームにも勝ち点が与えられ、リーグ戦の順位にも反映されました。また、レッドカードの選手には審判を6試合以上しなければ試合に復帰できない、逆にスポーツマンとして卓越した振る舞いをした者には奨学金を獲得する際の査定ポイントが付与される、という制度も整備されました。
 この取り組みによって、スポーツを通じてルールを順守する規範を普及するともに、貧困地域から高等教育へのアクセスも作りあげました。

⑥知的な発達を促進する
 さらにもう一つ、別の視点からスポーツの価値を考えたいと思います。
「フロー」という状態があります。これはチクセントミハイが提唱したもので、簡単にいうと「深く集中してはまりこんで楽しみ夢中になっている状態」です。
このフローに入り込むと創造性・課題解決能力が向上し、学習スピードも増加すると言われています。
 そして、スポーツはこのフロー状態に入りやすいと考えられます。
 チクセントミハイはフロー状態にはいるための条件として以下をあげています。

(1)挑戦する行為の難易度が、難しくてもなんとか達成できるような自分の能力とちょうどよいバランスであること。
(2)明確な目標があり、行為に対して迅速なフィードバックがあること。
(3)その行為への集中を妨げるものがないこと。
(4)行為自体が目的となるものであること。

どうでしょうか?
スポーツにおいてはこの4つの条件が整いやすいといえるのではないでしょうか?
 もちろん、いずれも指導者が影響する部分も大きいので、すべてのスポーツによってフロー状態になるわけではないですが、スポーツはフロー状態に総体的にもっていきやすいと考えられます。  
  フロー状態に入りやすいスポーツには、知的な発達を促進する価値があるといえます。

⑦成功体験を得ることによって自己肯定感を向上させる
  スポーツにおいてはフロー状態に入ることにより、大きな能力の進展を発揮することができます。これはすなわち、出来なかったことが出来るようになる、ということです。
 もちろん先ほども述べましたが、指導者による部分も大きいので、全てがそう、というわけではありませんが、スポーツでは成功体験を得やすい活動である、と考えられます。
 成功体験を積み重ねることの重要性は、広く指摘されているので、ここでは記載しませんが、自己肯定感を向上させ、何事にも積極的になり、さらなる成功体験に繋がるというポジティブなスパイラルに入ることができます。

3. スポーツの価値の発揮を阻害する要因

 以上、スポーツの価値として7つを上げさせて頂きました。
 再掲します。

①社会性が身につく
②体力向上・健康増進に寄与する
③精神的な発達を促進する
④観ている人に感動・エネルギーを与え話題を提供する
⑤大きなコミュニティを形成する
⑥知的な発達を促進する
⑦成功体験を得ることによって自己肯定感が向上する

 しかし、何度か記載いたしましたが、スポーツをすれば必ず上記の価値が発揮されるわけではない、ということには注意しなければなりません。
 それは、スポーツの価値の発揮を阻害する要因がいくつかあり、その阻害要因によって価値が発揮されていない場合も多くのスポーツシーンで存在するからです。
 その阻害要因として、以下のようなものがあります。

①ケガ
②暴力・いじめ・差別
③反則行為
④ハラスメント
⑤違法賭博・八百長
⑥ドーピング
⑦横領
⑧コミュニケーショントラブル

⑧のコミュニケーショントラブルとは、陰で誰かの悪口を言っていた(SNSでの発言を含む)等、言動によって他人に不快感や怒りを与えてしまうことによるトラブルです。
 これらの要因があると、

・関わっている人が社会的に悪いと思われている文化に慣れてしまい、悪い社会性を身に着けてしまう。
・スポーツが遊びではなくなり、つまらなくなる。
・選手がスポーツに集中できず、フロー状態に到達しない。
・観ている人や支えている人が感動しなくなり、人が離れていく。
・スポーツが嫌いな人が増える。

 などの現象が起きてしまい、スポーツの価値の発揮が阻害されてしまいます。
 スポーツに関わる人は、スポーツに価値を持たせるためには、指導法やマネジメントによって「スポーツの価値の最大化」を図ると共に、「阻害要因の排除」も考えていかなければなりません。

4. まとめと実践事例のご紹介

 まとまめると以下のようになります。

・スポーツは「気晴らしをするための遊び」である。
・スポーツの価値として7つ挙げることができる。
 ①社会性が身につく
 ②体力向上・健康増進に寄与する
 ③精神的な発達を促進する
 ④観ている人に感動・エネルギーを与え話題を提供する
 ⑤大きなコミュニティを形成する
 ⑥知的な発達を促進する
 ⑦成功体験を得ることによって自己肯定感が向上する
・全てのスポーツが価値を発揮するわけではなく、阻害要因によって価値が発揮されない場合も多い。
・阻害要因として8つ挙げられる。
 ①ケガ
 ②暴力・いじめ・差別
 ③反則行為
 ④ハラスメント
 ⑤違法賭博・八百長
 ⑥ドーピング
 ⑦横領
 ⑧コミュニケーショントラブル
・スポーツに関わる人は、スポーツに価値を持たせるために、指導法やマネジメントによって「スポーツの価値の最大化」を図ると共に、「阻害要因の排除」も考えていかなければならない。

 以上小難しく、考えてみましたが、実際にスポーツの価値向上を図るための取り組みとして、この度、イベントを2つご紹介します。
というかこのイベントを紹介したくて記事を書いた部分もあったりします。

少し脱線しますが、スポーツ庁が大学スポーツ発展を推進するために、2019年に大学スポーツ協会(通称UNIVAS)を設立します。
背景や詳細は省略させて頂きますが、UNIVAS設立に関連して大学が保有するスポーツ資源を活かした取組を選定し、委託事業として展開しています。

私が勤務する学校法人が設立している新潟医療福祉大学もこの度その15大学の中の1つとして選ばれています。
委託事業の中身全てを説明すると長くなってしまうので、省略しますが、全体像はこちらをご覧ください。
http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/30/07/1407448.htm

新潟医療福祉大学が取り組む事業のなかに「スポーツ傷害予防フォーラムの実施」「アルビレックスグループと連携した人材育成」というものがあります。

その2つの事業を2/2(土)に開催します。

①スポーツ傷害予防フェスタ in NUHW
②アスリートとSNS

の2つです。

 前者は、スポーツの価値発揮の阻害要因である怪我を減らすための講演と実技です。主に今回は小学生のミニバスにフォーカスしていますが、他競技・他世代にも通じる内容にもなるかと思います。
 講師の方はいずれの方も、プロスポーツチームでの経験もあるプロフェッショナルです。
詳細はこちらをご覧ください。
https://www.nuhw.ac.jp/topics/public/detail/insertNumber/2544/

 後者は、SNS時代おけるスポーツの価値の最大化と阻害要因の排除について、「アスリートとSNS」というテーマでの講演会となっております。
Jリーグのデジタル戦略の担当者、オリンピアンやトップアスリートに対するSNSの研修を数多く担当されている方、そしてプロスポーツチーム経営者という豪華なラインナップとなっております。
 そして私髙橋もモデレーターとしてパネルディスカッションに参加予定です。
詳細はこちらをご覧ください。
https://www.nuhw.ac.jp/topics/public/detail/insertNumber/2546/

どちらもまだまだ参加者募集中ですので、是非申し込みお願いいたします。

以上、スポーツに価値を持たせるには?というコラムと関連の実践事例のご紹介でした。

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