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実話怪談 #51 「クミちゃん」

 三十代前半の女性、福井さんのだんである。

 福井さんには五歳になる娘さんがいる。
 ある日曜日に娘さんをつれて近くの公園に向かった。すると、砂場の隅に赤ちゃんの姿を模した人形が座っていた。セルロイド製とおぼしき人形で、赤いベビー服はひどく汚れていた。置き忘れたというよりは、捨ててあるような印象だった。

 娘さんが人形を拾おうと手を伸ばしたので、福井さんはその手をぴしゃりと叩いた。加えて言葉でも強く叱った。
「人形は拾っちゃダメ! 絶対にダメだからね! わかった?」

 叱られた娘さんは、びっくり顔になり、直後に大声で泣いた。
 福井さんは叱りすぎたと反省したものの、すぐにこのくらいでいいと思い直した。人形は決して拾ってはいけないのだ。娘が人形を拾わないように、強く叱っておく必要がある。
 福井さんがそのように思うのにはわけがあった。

 小学五年生のとき、福井さんにはEちゃんという友達がいた。
 あるときEちゃんは河川敷にある公園で人形を拾った。遊歩道にベンチが設けられており、その脇にぽつんと置いてあった人形だ。
 アニメっぽい顔をした人形で、チアガールの格好をしていた。

「持って帰ったらだめだよ。きっと誰かの忘れものだよ」
 福井さんがそう言っても、Eちゃんは人形を離さなかった。
「違うよ。この人形、捨てられちゃったんだよ」
 そして、「ここに置いておくのはかわいそう」と、Eちゃんはその人形を持って帰った。

 それからEちゃんは遊ぶときに、必ずその人形を持ってきた。そして、福井さんと遊びながら人形にときどき話しかけた。
「クミちゃん、お顔が汚れてる。拭いてあげるね」
 どうやらEちゃんは、人形にクミちゃんという名前をつけたらしい。
 
 しばらくするとEちゃんはクミちゃんを持ってこなくなった。だが、いつも胸にクミちゃんをいているような格好をしていた。まるで見えないクミちゃんを抱いているかのようだった。
 見えないクミちゃんの頭を撫でるようにしながら、「ねえ、クミちゃん」とちょくちょく話しかけていた。

 だんだんEちゃんは見えないクミちゃんに話かけることが多くなっていった。福井さんと一言二言交わすと、クミちゃんと楽しげに話し、また福井さんと一言二言交わしてから、クミちゃんと楽しげに話す。
 日を追うごとにその傾向は強くなっていき、いつしかEちゃんは、見えないクミちゃんとばかり話すようになった。

 福井さんが話しかけても適当な生返事が返ってくるだけで、あとは胸に抱いている見えないクミちゃんとだけ話をした。ときに笑い声をあげて、楽しげに話をするのだった。
 最後にはとうとう生返事すら返ってこなくなり、福井さんのことを完全に無視して、クミちゃんとばかり話をするようになった。
 また、その頃からEちゃんは誰の言葉にも反応しなくなった。福井さん意外の友達が話かけてもいっさい返事をしないのだ。それどころか、両親がなにか言っても、Eちゃんは無視するのだという。そして、クミちゃんとばかり話をしているらしかった。

 さすがにEちゃんの両親も、娘は普通じゃないと思いはじめたらしく、Eちゃんを大きな病院に連れていった。脳の検査をしたり心療内科に通ったが、Eちゃんのようすは相変わらずだった。
 誰がなにを言ってもまったく反応せず、見えないクミちゃんとばかり話をした。

 いつからかEちゃんは病欠という扱いで学校にまったくこなくなり、福井さんが六年生にあがった頃には、家族とともにどこかに引っ越していた。その後のEちゃんがどうなったかはよくわからない。

 福井さんは今でもこう思っている。
 クミちゃんと名づけられたあの人形の正体は知る由もない。しかし、あの人形さえ拾わなければ、Eちゃんはあんなふうにならなかったはずだ。
 
 だから、福井さんは娘さんを強く叱ったのだった。
 人形を安易に拾ってはいけない。

     (了)


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