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ワタリガラス、太陽を盗み出す

ワタリガラスの物語の本当の始まりは誰にも分からない。だからみな、自分が知っているところから話し始めるのだ。この地では、それはきまってこう始まる。

ワタリガラスは初め、「上にいる男の息子」と呼ばれた。「上にいる男」は、生まれてきた息子にあらゆることを教え込もうとし、息子がすっかり大きくなると、世界を創る力をやろう、と言った。そしてワタリガラスは長い試みのすえ、世界を創り出したのだった。

その頃、世界には光がなかった。だがワタリガラスが聞いた話では、ナス川をずっと上った先に大きな家があり、そこに住む者が光を独り占めしているとのことだった。世界にこの光をもたらすにはどうすればよいか、彼は頭をひねり、やがて名案を思いついた。豊かな暮らしをしているその家の主には娘がいたから、「うんと小さな土の粒になって、娘の飲み水に紛れ込もう」と考えたのだ。

土の粒を飲み込んだ少女は、子供を身ごもった。時がきて、人々はいつもそうしたように、お産のための穴をこしらえた。そしてあれやこれやのぜいたくな毛皮を敷いた。けれども赤ん坊は、そんなご立派なものの上には産まれようとしなかった。赤ん坊の祖父は悲しんで、「何を敷くのが一番だと思う? 苔を敷いたらどうだろうか?」と言った。人々が穴に苔を敷くと、ついに赤ん坊は産まれ出た。その目はとてもぱっちりしていて、くるくるとすばしっこく動いた。

家の中の壁には、中身の大きさも形もばらばらの丸い包みがいくつかぶら下がっていた。赤ん坊は少し大きくなると、ひっきりなしに泣いて人々の後ろをはい回り、そうやって泣きながら、壁にかかった包みを指さした。これが何日も何日も続き、とうとう赤ん坊の祖父がこう言った。「泣いて欲しがっているものを、その子にやってくれ。いちばん端っこの、星が入った袋がいいだろう」。赤ん坊はもらった袋を人々の後ろでしばらく転がしていたが、急にそれを放り上げ、天井に開いた煙穴から外に出してしまった。袋は一直線に空へ昇ってゆき、そこから星が飛び出して、今ある場所に散らばった。これが彼の狙いであった。

ちょっとして赤ん坊はまた泣き始めた。あんまりひどく泣くので、この子は死んでしまうのではないかとさえ思われた。祖父はたまらなくなって、「一つ隣のをやってくれ」と言った。赤ん坊はもらった包みを母親の後ろで転がして長いこと遊んだが、やがてまたそれを煙穴から外へと解き放った。こうして大きな月が空に浮かんだ。

とうとう残るはあと一つ、陽の光を閉じ込めた箱だけになった。赤ん坊はそれを欲しがって泣いた。その目がぐるぐる回り、色も次から次へと変わるのを見て、これは普通の赤ん坊ではないぞと人々は思い始めた。だがどんなおじいさんにとっても孫は娘と同じようにかわいくてならないもので、この家の主も「最後の一つをその子に」と言ってしまった。箱が孫の手に渡る時、彼はとても悲しい気持ちになった。箱を手にした赤ん坊は、ワタリガラスの声で「ガー!」と鳴くと、煙穴を抜けて飛び去っていった。箱を盗まれた男は、「何もかも、あのくそったれのワタリガラスに取られてしまった」と嘆くばかりであった。


アメリカの人類学者John Reed Swantonが記録した北米大陸北西部太平洋岸先住民クリンギットの口承神話Tlingit Myths and Texts(1909年)から、ワタリガラスによる世界創造の物語の冒頭を訳出しました。ワタリガラスが太陽を盗み出す話はとてもポピュラーで、いくつものバージョンが存在します。これはシトカに伝わっていたもので、語り手はBox一家の古老Dekinā’k!u氏だそうです。段落分けやセンテンスの区切りはSwantonによるものから少し変えてありますが、それ以外はほぼ英訳に忠実に訳してあります(ただし原語=クリンギット語に照らして正確かどうかは分かりません)。

ヘッダー画像はSrdjan Jovanovic氏による"Raven"です。あちこちでトラブルを起こすクリンギット神話のワタリガラスは元々は白かったとされているので、その姿を想起させてくれる写真を選びました(このバージョンだとワタリガラスは次のエピソードでススにまみれて黒くなりますが、盗んだ太陽で焦げて黒くなった、といったものもあります)。


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