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とっておいた涙

3/12日、卒業式の日がやってきた。

朝からソワソワして落ち着かない。母はここぞとばかりに着物を着て髪のセットへ向かう。帰ってきた母の頭を見てビックリした。

『なんか飲み屋のママみたいなセットにされて嫌だわ、大げさすぎる!もっと品のいい頭にしてくれたらいいのに…』とブツブツ文句を言った。
母の頭は〝ザ・銀座のママ″仕様に前髪を大きく立ち上げた夜会巻きになっていた。私は笑いをこらえるのでイッパイイッパイだった。着物を着た母は、自身の最も嫌いな〝水商売風女″に仕上がり、背も高いので貫禄も出ている。卒業式で着物を着ていた保護者も見かけたが、私の母が群を抜いて目立っていた。

卒業式は滞りなく行われ、私もきちんと〝最後の伴奏″を終える事ができた。(国家と校歌はその時の音楽の先生が弾いた)

式が終わると泣いている同級生を多く目にした。私は一粒の涙も出なかった。
部活の後輩たちが色紙をくれた。
放送部顧問の山根先生は〝あなたのその手を大切に″という言葉を卒業アルバムに大きく達筆な字で書いてくれた。ピアノのことか…山根先生らしいな。

さて、アケミに相談した〝とある計画″を実行せねば…朝からそれしか頭にないのだ。
〝とある計画″とは、ミッちゃんに第二ボタンをもらうこと!それだけだ。ホワイトデーも何も返しをもらった事がない、第二ボタンくらいくれてもいいだろう!と図々しくも考えていたのだ。


ミッちゃんはモテるので第二ボタンは争奪戦になる事が予想された。彼女もいるし…。なので予めアケミに相談し、第二ボタンの〝予約″をしてもらったのだ。

卒業式の後はここぞとばかりに、好きだった人に告白する者、淳一など人気の男子に第二ボタンを貰いたい後輩や同級生で混雑していた。どうしよう、ミッちゃんがいない…同級生や後輩たちをかきわけて探した。
見つけた!ミッちゃんは岩田くんや弘田くんと居た。ニヒルな彼等は隅っこのほうで腰掛けて腕組みをして皆の方を眺めていた。制服にまだボタンが全てついているのを先に確認した。

アケミからの伝言を聞いていたのか、少し離れたところにミッちゃんが1人で歩いて行ったので私もついて行った。
クルッと私の方をまっすぐ向きミッちゃんが初めて、穏やかな顔で私を見た。
学ランの第二ボタンを私の目の前でブチッとちぎり、
『3年間ありがとう』と言って優しくそっと私の手に渡してくれた。私も『ありが…』と消え入りそうな声で言うと同時に涙が溢れ出してきた。
ミッちゃんの優しい笑顔が涙でぼやけてゆらゆらと揺らいで見えた。卒業式で一粒も涙が出なかったのは、この時のための涙だったんだ。

涙で何も言えない。ミッちゃんは終始穏やかな顔をしていた。こんな表情する人だったんだ…こんな優しい顔初めて見た…。
ミッちゃんはいつもクールで冷たい印象しかなかった。今私の前にいるミッちゃんは、とても穏やかで優しい目をしている…そんなミッちゃんを見ると、もう二度と会えないような気がした。

私はもらった第二ボタンを大切にハンカチに包んで、同じ部活の藍ちゃんを見つけて大泣きした。泣きすぎて嗚咽して吐きそうになった。
ゆうちゃん友達やアケミは仲の良かった男子と騒いだりしている。とてもじゃないがその中に入れる精神状態じゃなかった。
藍ちゃんはミッちゃんと同じ方向に家があったので、遠回りして藍ちゃんと帰る事にした。

校門を出てからも涙が滝のように溢れ、たまに道端にしゃがんではひとり嗚咽していたので、道行く人や同級生は〝そんなにいい卒業式″だったのかと思っただろう。


藍ちゃんはとても優しい友だちで、以前私にホイットニーヒューストンのCDアルバムを貸してくれた。ボディガードという映画の主題歌が入っていた。
『藍ちゃん、ごめんね、まだCD返せてなくて…』藍ちゃんはミッちゃんと同じ進学校を受験していた。『レナちゃん、高校違うだろうけど、いつでも会えるから気にしなくていいよ』と言ってくれた。そのCDは今もまだ私が〝借りた″まんまだ。いつか会えたら返そう。

第二ボタンをもらったくらいでそんなに泣くのか、と思う人もいるだろう。
感動したのだ。
2年生の時は明らかに避けられて嫌われていた自分に、『3年間ありがとう』と言ってくれた。2年生のバレンタインは武田くんにあげて捨てられたのをミッちゃんも見ていたのだろう。
でもミッちゃんは〝3年間″と言ってくれた、やっぱり全部お見通しだったんだ。
その言葉ひとつで、3年間の全てが一気に報われた気がした。

そして彼もそんな事を言える人になっていたんだと思うとまた涙が溢れてくる。私の知らない間にミッちゃんも成長したんだな…。彼女の正代ちゃん、ライバルの綾もファンクラブの松田さんたちもいるのに、きちんと第二ボタンをとっておいてくれた。それも嬉しかった。

よく考えるとミッちゃんとマトモに会話をしたのは3年間で10回以下だ。入学して10日目には恋に落ちていたんだから。
いつもはうるさいスピーカー女子で、色んな男子と仲良くできるのに、本当に好きな人とは目を合わせるどころか、全く喋れなかった。


私のほうこそ、『3年間ずっと好きでいさせてくれてありがとうございました』という気持ちでいっぱいだった。
この人をずっとずっと好きでいて良かった…初めて本気で好きになった人だった。片思いだったけれど、こんなに1人の人を好きになったのは初めてだった。『3年間ありがとう』なんて、もし私が逆の立場なら相手に言えるだろうか。そんな事を考えながら、長い時間藍ちゃんと歩いて、わざと遠回りして帰った。

目を真っ赤に腫らして祖父母宅に帰宅したら、母が『私の着物姿が1番目立っていた、飲み屋のママみたいだ』と祖母にまだ話していた。
久しぶりに平和な雰囲気で祖父母と佳子ちゃんと母と私5人で遅めの昼食をとった。

その後すぐマンションの自室に帰り、大好きなおばあちゃんが札幌旅行で買ってきてくれた、綺麗なオルゴールの音が鳴るまだ何も入っていない小さな宝石箱をあけ、ミッちゃんからもらった第二ボタンをそっと入れた。 

それからは何かある度、その小さな宝石箱をそっと開けてはオルゴールを聴き、もらった第二ボタンを眺めた。私の1番の宝物になった。



卒業してから二度とミッちゃんに会う事はなかった。成人式にも同窓会にも来ていなかった。


やっぱりあの時直感的に感じた、もう二度と会えない気がした…のは本当だった。


第二ボタンを渡してくれたミッちゃんの穏やかで優しい表情は、私の目の中に焼きついて今でも昨日の事のように思い出す。


15歳の春だった。


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