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「ワークショップの達人」としてのボビー・マクファーリン

――ボビー・マクファーリンを知っていますか?

存命中のジャズシンガーのなかで最高峰の実力を持つ存在でありつつも同時に、異端のパフォーマンスを駆使したボーダーレスな音楽活動で、高い評価を得ているミュージシャン、ボビー・マクファーリン(1950年生まれ)。

1988年に発売された「Don't Worry Be Happy」で一躍、彼の名が世界中に轟いたことは、オールドファンならよくご存知の通りだろう。もしご存知ない方は下記の動画を再生してみて欲しい。

聴いてみて、お気付きになっただろうか。この「Don't Worry Be Happy」は、すべてのパートが彼自身の声を多重録音することによって作られているのだ。この楽曲は世界中でヒットし、全米のビルボード・チャートでも1位を獲得。完全ア・カペラの楽曲として1位を獲ったことは世界初の快挙であった。

彼の凄みはこの音楽のクオリティを下げることなく、ルーパーのような機械による反復も使わずに、ライヴで再現してしまうことだ。多重録音ではないから声部数こそ少ないものの、音楽的な質が下がることがないから驚くばかりである。

そしてこうしたパフォーマンスを、マクファーリンは聴衆を巻き込みながら行っていく。例えば、彼が得意とする「アヴェ・マリア(バッハ/グノー作曲)」では……

聴衆に有名な主旋律を歌わせ、自身は伴奏音型(本来はピアノで演奏)を何事もないかのように平然と歌いこなしていくのだから、目を丸くするしかない。

――ワークショップの達人として……

この聴衆巻き込み型パフォーマンスに、ジャズ的なアドリブが加わっていくと、いよいよ本当にマクファーリンにしか成し得ないような世界へと突入していく。まずはコチラの動画を見ていただこう。

このパフォーマンスの凄みがどこにあるかといえば、終わりの方で教えていない高い音域まで自然とメロディーを歌えるようになった……という部分にある。趣旨としては、ペンタトニック(5音階)の普遍性や自然性を体験してもらうところにあるのだろうが、こうして動画で参加者とは異なる目線で見ると、想像していた範囲を超える展開が現れるからこそ、彼の聴衆巻き込み型パフォーマンスに気持ちが惹きつけられるのだ。

彼のこうしたパフォーマンスは、全く予定調和的なものではなく、本当にその場で観客から出たものに反応しながらドンドン姿を変えていっていることが、次の動画をみるとよく分かる。(※1:00過ぎからが本編)

聴衆を指名し、その人がどのようなリアクションを返してくるかによって、どのように音楽として変換していくかが異なっているし、更に後半であまり口が動いていなかったと思われる中年男性たちが狙い撃ちされる展開は、まさにリアルタイムに進行先が変わっていっていることの証明でもある。

こうしたワークショップ的な巻き込み方パフォーマンスのひとつの極致が、次の動画だ。会場はアリーナで、おそらく数万人規模の観客がステージを取り囲むのだが、舞台上にいるのはマクファーリンただ1人。さて、どうなったか下記の動画を観ていただこう。

いかがだろうか? この環境で、これほどまでちゃんとインタラクティブなパフォーマンスが実現できてしまうことに正直驚きを隠せない。

聴衆と演奏家がインタラクティブ(双方向)にコミュニケーションをとるとは、どういうことなのか?何が大事なのか? …… 「ワークショップの達人」としてのボビー・マクファーリンの事例をみることで、各音楽家が一度は自問すべきかもしれない。

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おまけ
ちなみに今回のテーマからすると余談だが、黒人として始めてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したのは彼、ボビー・マクファーリンであるようだ(2004年のシェーンブルン宮殿でのコンサートに出演)。


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