見出し画像

欧米の作曲家を惑わした青銅による異国の響き ~ガムランとクラシック音楽

インドネシアの伝統音楽ガムラン ―― 青銅によって作られた楽器がメインとなるため、残響の多い独特な響きが耳に残る音楽だ。

私自身、残念ながら現地を訪れたことはないのだが、この残響の多さは、常夏の国インドネシアの高い温度・湿度を反映したものなのだろう。残響過多なサウンドが「むわっ」とした空気感と直観的に結びつくことは、想像に難くない。

今回の記事のテーマは、ガムランそのものではなく、ガムランが影響を与えたクラシック音楽についてだ(だから、バリとジャワのガムランの違い云々……など、専門的な事柄には踏み込まないので悪しからず)。

――出逢いの印象:オリエント(東洋)

1889年のパリ万博(万国博覧会)でガムランを実際に耳にした作曲家のひとりドビュッシーは、その際の印象をピアノ曲に反映させている。

ドビュッシー:《版画》より第1曲〈パゴダ〉

曲集のタイトル「Estampes」は版画と訳されてはいるが、Googleで画像検索すれば一目瞭然の通り、日本の浮世絵を指している。また、「パゴダ pagodes」とは仏塔のことで、こちらもGoogleで画像検索すれば下記のような写真がディスプレイに多数表示される。

ただし、ドビュッシーが1889年のパリ万博で見た「パゴダ」は下記のような形だったという。

このことからも分かるように、ガムランから影響を反映しているといってもドビュッシーは漠然とした東洋のイメージをひとつの楽曲にまとめたに過ぎなかった。

――脱「印象」のためのフィールドワークと、その後の展開

こうした上辺の交流に過ぎなかったガムランとヨーロッパの作曲家の関係を変えたのが、カナダ人のコリン・マクフィー(1900-1964)である。存命中に思うような評価を得られず、晩年にアルコール中毒で身を持ち崩したこともあり、現在では忘れられつつある作曲家だが、ガムランを欧米に紹介した功績は計り知れない。

1930年代に実際にインドネシアに移住し、現地でフィールドワークを行いながらガムランを研究し、欧米にその仕組みを紹介した最初のひとりである。また彼は作曲家でもあったので、西洋の楽器のために編曲したり、ガムランを咀嚼して創作をおこなった。

一番有名なのは、この2台ピアノのための編曲《バリ島の儀式音楽》だろう。本人の演奏で録音も残っているのだが、なんと共演者は20世紀イギリス音楽の巨人ベンジャミン・ブリテンだ。

(写真は、右:コリン・マクフィー、左:ベンジャミン・ブリテン)

作曲の方では、2台ピアノと管弦楽のための《タブー・タブアン》(1936)という大傑作が残されている。後のポスト・ミニマル音楽を予見さえしているこの作品が埋もれたままというのは、余りに勿体無い。

マクフィーを通してガムランに触れたベンジャミン・ブリテン(1913-1976)も、幾つかの舞台作品にガムランのサウンドを取り入れている。興味深いのは、そのいずれもで「この世ならざるもの」を表現するために、この異国の響きを採用しているということだ。

まずは、バレエ音楽《パゴダの王子》(1955–6)の第2幕をご覧いただこう。

主人公ローズ姫(※何故か、新国立劇場で上演されたビントレー版では「サクラ姫」になっていた……閑話休題)は、幼い時に兄を亡くしている。ところが、死んだと思っていた兄がトカゲ人間(?)に姿を変えて生きていた……ということが明らかになる。この怪しげな場面で、明らかにガムランを模した音楽があらわれる

もうひとつ、ブリテン作品に登場するガムランを模した響きで忘れ難いのが最後のオペラ《ヴェニスに死す》である。

ルキノ・ヴィスコンティ監督による映画版では、マーラーの「交響曲第5番より第4楽章:アダージェット」が繰り返し流れてくることで知られているが、ブリテンのオペラでは主人公が魅せられ、ある意味では人生が狂わされた原因である美少年タジオ、彼が登場する度にガムラン風の音楽が魅惑的に響き渡るのだ。これもまさに「この世ならざるもの」(美少年タジオは、まるで天使か何かのようですらある)を見事に描いている忘れ難い音楽だ。

――ガムランに作曲する

マクフィーの友人である作曲家ヘンリー・カウエル(1897-1965)の弟子に、これまたガムランを取り入れたルー・ハリソン(1917–2003)がいる。彼は、ガムランの音楽だけでなく、楽器そのものを用いた作品を手がけている。

例えば、ピアノとジャワ・ガムランのための協奏曲(1986-87)では、両者の硬質な響きが意外にも違和感なくマッチしている。

また、ヴァイオリン、ピアノ、打楽器のためのVaried Trio(1987)では、ガムランの楽器そのものは使用してはいないが、第2曲「Bowl Bells」でそのタイトルの通り、お椀を楽器として用いることでガムランに近似したサウンドを生み出している。

――こうした作品と、ガムランそのものを実際に並べて聴いてみませんか?

ここまで追ってきたように、様々なかたちで欧米の作曲家たちを魅了していたガムラン。このように影響を受けた作品と、伝統的なガムランそのものを実際に並べて聴くコンサートが近日開催される。しかも、なんと入場無料である。

[日時] 2017年7月18日(火)18:30開演(18:00開場)
[場所] 東京音楽大学J館スタジオ
[入場] 入場無料・全席自由
[申込] 予約不要(※当日先着順のご入場となります)
[定員] 200名
[主催] 東京音楽大学付属民族音楽研究所
[協力] 東京音楽大学ピアノ部会/作曲部会
[解説] 樋口なみ(東京音楽大学 ガムラン講師)
[詳細] http://www.minken1975.com/kouza_exhibition/20170718.html

こうした曲目を実際に聴ける機会は本当に珍しいだけに、ここまで紹介してきたような音楽にちょっとでも心惹かれる方なら、絶対に聴き逃せないコンサートであることは間違いない。事前予約も不要であるので、当日フラッと池袋・雑司が谷の方まで足を伸ばしてみてはいかがだろうか?

サポートいただいたお金は、新しいnoteへの投稿のために大切に使わせていただきます!