創作小説『鳥の骨格標本に左右される猫は、猫を超越しうるか?』⑥

鳥の骨格標本

午前1時、灰皿で火を消してザビエルを発進させる。付近にザビエルを一時的に隠せるような場所がないか偵察をするためだ。夜目が効くのは猫の特権だった。

ザビエルを空中で旋回させアパートを眺めていると、203号室の大家の部屋が目についた。カーテンは閉まっておらず、好奇心からカメラをズームさせてヒグマの部屋を覗く。

リビングには大きなテーブルと椅子があるだけだ。ミニマリストだとは知らなかった。ザビエルを東側へ旋回させて別の部屋を覗くと、アンティーク調の木造り棚が見えた。棚上に何か白い物体が二つ飾ってある。これは、ひょっとすると鳥の骨格標本ではなかろうか。大きさや形状から察するに、恐らく鳩だと思う。もしや失踪した二羽の鳩だろうか。呆気に取られていると、部屋の左奥にいたヒグマとカメラ越しに目が合った。薄暗い空間で眼球が緑色に光っている。

ヒグマは窓を開けて飛びかかろうとしてきた。咄嗟にザビエルを方向転換させ、少し離れた丘まで飛ばした。丘まで飛ばすと大木の幹に穴が空いているのを見つけ、そこに着陸させる。ヒグマも夜目がきくはずだし、ドローンが丘へ向かったのはわかるだろう。だがどこにあるかまでは探せないはずだ。そんなことよりも、彼が鳩失踪事件の犯人なのだろうか。

もしザビエルを部屋に戻そうものなら速攻で僕の仕業だとばれて、鳩殺しの証拠隠滅のために喰われていたかもしれない。危ないところだった。

次の日に熟慮した結果、ザビエルの動画データを回収するためにアパートの門を出て丘の方向へ曲がった。ザビエルを飛ばして部屋に戻すのはリスクが大きすぎる。

「どこへ行くんだい?」

大きな犬歯の存在を感じさせるような重たい声が上から降ってきた。大家のヒグマは門の側の木の上でずっと監視していたのだ。

「いや、ちょっと近くを散歩でも」

そう言いながら、尻尾がボワッと膨んでいることに気づく。動画データを取りに行く選択は最低の悪手だった。

「君は猫のくせに、いつも散歩なんてしないじゃないか」

結局このまま丘へ行くのは自殺行為だと考え、冷や汗で服を濡らしながら周囲を適当に散歩してアパートに戻った。

ヒグマはドローンを飛ばしていたのが僕かもしれないと怪しんだだろう。もしかすると、昨夜のドローンから発せられた微かな匂いから、すでに確信の段階かもしれない。

部屋に戻り、しばらく放心状態で窓から夕日を眺めていた。目を閉じると瞼の裏の緑色のモヤモヤが変形し、二体の鳩の骨のそばに猫の骨格標本が並ぶイメージが浮かんでくる。

突然ドアノブがガチャガチャと鳴ったと思うと、金属が醜く軋む音が部屋中に響いた。音が止んだ後に近づくと、ノブは捻られ、ドア全体が変形して蓋となっている。閉じ込められた。

すぐにベランダに出ると、下のベランダで大きな椅子を出してヒグマが座って唸っている。隣のベランダへ移動しようとした瞬間に、太い腕で下から脚をつかまれて八つ裂きにされるかもしれない。もしくはクマ流の、聞いたこともないような凄惨な拷問が待っているのだろう。

唾を飲み込むと、ポケットのスマホが鳴った。応答ボタンを押す。

「君はどこまで知っているのかな?」というヒグマの低い声が聞こえ、慌てて電話を切った。

もう1度電話が鳴る。今度は、硬いものがボリボリ砕ける音が聞こえてきた。ヒグマが棚に飾ってあった骨格標本を食べているのだろうか。

床に座り込み、必死に現在の状況を頭で整理する。

ヒグマが部屋に飛び込んでこないことを考えると、彼は猫殺しの罪まで背負うのは躊躇しているようで、証拠隠滅までの時間を稼いでいるのかもしれない。証拠隠滅とは、証拠品である鳩の骨が彼の胃袋で完全に溶けることだ。そして僕を精神的に追い詰め、他の証拠がないか吐かせるつもりだろう。陰湿なヒグマらしいやり口だ。

警察に連絡しようと思ったが自分も盗撮して羽を置いたことがバレるので、連続鳩失踪事件の容疑者にされかねない。たださらに考えた結果、やはり背に腹は変えられないと110番を押した。圏外で発信できない。なぜだという強い疑問と共に、パンダ夫人の笑顔が浮かんだ。あの不気味な黒い箱のせいだ。妨害電波のパワーを強められた。

妨害電波のせいでインターネットも使えない。リモコンを握るとやはりザビエルも反応せず、助けを呼びに行かせることさえできない。

数分経つと、上階からの音がバスドラムのような勢いになった。子供だけでなくパンダ夫人も転げ回っているのだろう。この部屋全体がロックバンドのドラムセットの空洞にされてしまったようだ。

パンダ夫人はヒグマから、盗撮者に自白させるために協力しろとでも言われたのだろう。これでは轟音による拷問だ。親子のドラミングはポリリズムとなり、正常な思考を蹂躙していく。フランク・ザッパバンドのドラマーのような音楽性だ。

それから一晩中考えたが、轟音もあって論理思考からマイナス思考のループとなり、安全な脱出プランは思いつかなかった。

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