創作小説『鳥の骨格標本に左右される猫は、猫を超越しうるか?』⑨(最終回)

狂ったアパートへの帰還

その翌日に帰宅を許された。窓の外には1ヶ月ぶりに青空が広がり、上階からの騒音はもう聞こえなかった。

ベランダで白頭鷲とビールを飲みながら聞いたところによると、彼が騒音について警察の元同僚に話し、事件のついでにパンダ夫人に騒音問題をなんとかするよう頼んでくれたことがわかった。パンダ夫人は仕方なく分厚いクッションを何十枚も買ったようだ。ヒグマの妻、雪豹はここには住めなくなり、近々出ていく予定らしい。

「そういえば、隣に住んでたタンチョウが最近挨拶もなしに数日前からいきなりいなくなったんだ。たまに話したりしていたのに。窓からチラッと見たら、パソコンや家具はそのままだったけどなあ」

タンチョウならうざい白頭鷲に挨拶しないで出て行っても不思議ではないが、このご時世に夜逃げだろうか。それとも何か事件に巻き込まれたのか。気になるのはもちろんだが、これ以上何かに巻き込まれるのはごめんだった。不眠、空腹で黒い雨を浴びせられる経験は人生で一回あればもう十分だ。

数日後、久しぶりに空中散歩でもしようと、修理から帰ってきたザビエルを昼時に飛ばした。ホバリングして上からアパートを眺めながら、上階の403号室を覗く。パンダ夫人は性懲りもなく、テーブルに隣室のミカドキジを座らせて熱心に笹の葉占いをしている。背後にいる仔パンダは笹を口に運ぶのを止めて、ミカドキジを見つめながらヨダレを垂らしていた。

高度を少し下げて今度は203号室を覗く。もちろん大家のヒグマはもうおらず、今頃は檻の中だ。カーテンの隙間から雪豹が、細長くて白い物体を持って微笑んでいるのが見える。連なる蘭の花だろうか。細長い頚椎だった。雪豹は頚椎に頭骨と嘴をはめ込み、テーブルの横に大きな骨格標本が出来上がっていた。鳩よりずっと大きい。恐らくタンチョウだろう。

現実逃避するように公園の方を見ると、鳩たちが思念など何も持ち合わせていないような表情で佇んでいる。また雨が降り始め、視界が紺色に染まっていった。

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