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時間の経過

前の投稿から、かなり時間があきました。

このひと月、様々なことに追われ、
やっとここ数日平常を取り戻しつつあります。

色々なことがありすぎて、
ここに書ききれないくらいです。

とはいえ、わたしにとって深い意味をもったのは
中高時代の親友の死。

あっという間に突然この世から去りました。
連絡を受けたときは、
即座に理解ができませんでしたが、
翌日、布団に横たわる彼を見て、
その死の事実をようやく受け止めたのでした。

弔うこと
祈ること

単なる物質的な死という現象から、
死者との人間的な関係性を
作り直すものとしての場として、
弔いということを考えるとき、
弔うこと。その意味合いを
深く考える機会となりました。

禅僧の南直哉さんの著書、『刺さる言葉』の中に
「弔うということ」という文があります。

わたしはその言葉に深く共感を覚えるのです。

悲しむと同時に、
そのことを受容し、
心の安寧を得ることは、
死者を弔うことの大きな意味でしょう。

彼との美しい時間をこころに刻み込み、
やがて遠い記憶として、わたしの中に
生き続けるその想いを、
大事にしていきたいと思う。

合掌。

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