僕悪2

『僕は悪者。』 了

   一七
父親は仕事、母親はパート、妹はセックスをしに出かけていて、相変わらず誰もいない家に帰ると俺はテレビをつけた。四時少し前のテレビ番組はあまりにもクソだった。
どのチャンネルでもニュースはやっていない。やっているのは昔に放送されたクソつまらない。ゲボドラマの再放送ばかりだ。
どうせ主人公が女とイチャイチャしたりしょんぼりしたりを繰り返す、人間の表面だけをなぞった内容なのだ。
 それは出演している俳優や女優のクソつまらない顔からもわかった。ただのイケメン。ただの美女だ。なんの魅力もありはしない。
俺は携帯でニュースを探した。だが、相変わらず俺の知りたい情報は出ていない。
くそう。ここまでマスコミがアホだとは思わなかった。さすがマスゴミと言われているだけある。
俺はこの後、鈴木たちに呼び出しにあっていることを思い出した。
ああ、そうだった。俺は放課後呼び出されていたのだ。
俺は自分の部屋からガソリンの入った携行缶とナイフを運び自転車に乗った。ガソリンが一〇リットル入った携行缶は重たく、自転車の前のカゴに入れるとハンドルが取られて運転するのが大変だった。
公園に着くと俺はあの死んだ男がいじめられていた東屋に向かった。だが、誰もそこにはいない。
おそらく大山も鈴木も誰も来はしないだろう。呼び出しは田口の死の前に起きたことだ。田口が遺言にでも大山や鈴木のことを書いていれば今日一日中あいつらは警察から質問を受ける羽目になっているはずだ。
俺は東屋に座った。来ないだろうが一応は待ってやろう。
だが待てども、待てども大山も鈴木も来なかった。そうだろう。あいつらは今頃自分の住んでいる世界が思っていたよりも広かったことを痛感しているはずだ。
小さな学校という世界の中で頂点を極め、正義を名乗り、田口を死刑にしたところで、現実の世界はもっともっと大きい。
井の中の蛙が大海を知ったらどうなるのだろう。海の中で泳ぐ肉食魚にでも食われるのだろうか?それとも塩分に苦しみ死ぬのだろうか?
俺は目を閉じた。そよ風が気持ちいい。ここで数週間前にいじめられていた男が死んだなんてとても信じられないほどのどかだ。
人の死とは儚いものだ。その家族や近しい人間にとっては大きなことかもしれないが、他の人間にとっては全くそうではない。
田口が死んだからといってこの小さい街に、この都市に、この国に、この世界になんの影響もない。
哀れだな。俺は携帯の時刻を見て六時を過ぎていることを確認して帰ることにした。

    一八
それから一ヶ月経っても何も変わらなかった。大山も学校に来るようになっていたし、相変わらず俺は無視され続けた。片桐美梨は転校してしまったし、田口は死んだ。
豚ゴミも大山たちに対して厳しく当たることもないし、警察や教育委員会が何かしてくれることもない。マスコミの報道は新聞に小さく乗っただけで、大きく取り上げられることはない。それよりもマスコミはどっかのバンドマンがママタレと不倫したニュースを報道するのに忙しいらしい。
少しだけ変化があったのは、田口の両親がいじめを知りながら何も対策をしていなかったとして学校を訴えた後だ。
ローカルニュース番組で一瞬だけ取り上げられ、テレビで俺の学校の教頭豚ゴミが出て、いじめという認識はないと話していた。
お前が本当にいじめと認識できないのなら、お前の目ん玉はついているだけ無駄だから、俺がフォークで抜き取ってやりたいと思いながらその映像を見ていた。
それから俺のクラスではアンケートが行われた。名前は書かなくていいらしいが、まあ席の順番で誰がどれを書いたかはわかる。
内容はいじめがあると思ったかというものだった。
俺はもちろん「ある。」にした。だが、どういうわけか、その後のニュースをネットで読むと、学校は自殺した生徒がいたクラスのアンケートではいじめがあったと言った生徒はいなかったと発表していた。
ああ、全くの豚ゴミだ。
俺は呆れた。
そう。俺はもう呆れたのだ。うんざりだった。もうどうでもよかった。
俺は悪者になりたかった。だが、俺は俺にとっての正義のヒーローになった。俺は俺が信じる正義を行動に移して大山を殴った。あの時、俺は悪者という認識で行動はしていなかった。
だが、俺は自分の正義として起こした行動のせいで他人にとっての悪者になれた。
俺はいじめている大勢の人間に一人で立ち向かったのだから、ヒーロー的行動だと思うのだが、誰もその行動を肯定してくれる人は俺の周りにはいなかった。
田口も片桐美梨も。俺のことを褒めてくれたかもしれないのに、俺が行動を起こすのが遅過ぎたせいで、二人ともいなくなってしまった。褒めてはもらえなかった。
俺はそれからも悪者に憧れ続けている。だが、片桐美梨のような人にとっての悪者にはなりたくない。田口の悪者にもなりたくない。
俺は大山や鈴木や豚ゴミ。そのほか諸々の世の中の腐った奴らに対しての悪者であり続けたいのだ。
俺は悪者になりたい。人を一度殴ったぐらいではなれないのかもしれない。
だが、俺は悪者になりた。
今、この世の中は腐った正義であふれている。腐った醜い人であふれている。今この社会のヒーローは腐っている。だから俺はそいつらをぶち殺して、殺した肉を腐らせて、金魚の餌にしてその金魚をコンクリートの上に置いて腐敗させたのを踏みつけてやりたい。俺はそんな悪者になりたい。

    了

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