「everyBODY」って「体」のことなのか?
先月、こんな新聞記事を読みました。
「アルツハイマー治療薬「ドナネマブ」、米製薬大手が日本で承認申請…可否は来年の見通し
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230926-OYT1T50185/
2023/09/26 20:59
米製薬大手イーライリリーは26日、アルツハイマー病の治療薬「ドナネマブ」について、厚生労働省に製造販売の承認を申請したと発表した。25日に承認されたエーザイなどの「レカネマブ」と同様に、病気の原因とされる物質の除去を狙う新たなタイプの薬となる。(後略)」
「ドナネマブ」と「レカネマブ」とは名前の後半部分が共通していますが、どういうことなのでしょうか。(疑問その1)
レカネマブの承認取得に関する文書がエーザイのサイトに載っていますが、その題名は以下の通りです。
「「レケンビ®点滴静注」(一般名:レカネマブ)について、日本においてアルツハイマー病治療薬として製造販売承認を取得」
登録商標であることを示す(R)のマークが付いているので「レケンビ」は商品名であることが判りますが、「レカネマブ」の方の「一般名」とは何でしょう。「一般」という言い方があまりにも「一般的」で漠然としていて、かえって何だか正体がしれません。(疑問その2)
調べると、まずは疑問その2の方が解決しました。
「国際一般名(こくさいいっぱんめい、英: International Nonproprietary Name、INN)とは、世界保健機関(WHO)が定める、医薬品の非独占的・一般的名称である。1つの化学物質を含む薬品は、数多くの商品名で販売されているため、商品名を用いていると、その有効成分が何であるか混乱を招くことが多い。そこで1つの物質に1つの標準的名称を与えるINNの使用により、医薬品に関するコミュニケーションが円滑になる。」
(ウィキペディア)
「proprietary name」が「登録名、商標名」なので、そうじゃない(non)名前が「nonproprietary name」ということになります。
そしてこのINNの命名規則において「mabマブ」で終わるのが、モノクローナル抗体と呼ばれる物質です。
「モノクローナル抗体」については中外製薬のサイトにある解説をご覧いただくとして、この言葉の英語を確認しましょう。
「monoclonal antibody」がそれですが、「monoclonal」のm、「anti」のa、「body」のbを合体させたmabが「マブ」の正体です。
今回はこれを起点にbodyを見ていきましょう。
body
「全体」か「主要部」か
もちろん「身体」の意味がありますが、若干注意が必要です。
「身体」全体を指す場合と、手・足・頭を除いた、体の中の主要部とも言える「胴体」を指す場合があります。
「He wants to build up his body and stamina for the national competition held next year.
彼は来年開催される全国競技会に向けて体と持久力を増強したいと思っている」
これは体全体の話であり、次の文は「胴体」の話です。
「The bird has a small body and long wings.
(その鳥は小さな胴と長い翼をしている)」
(ロングマン現代英英辞典)
「全体」を指す場合あれこれ
慣用表現で次のようなものがあります。
「“I'm going to throw out this chair.”
「このいすは捨てますよ」
“Over my dead body (you will)!”
「絶対だめだ」」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
直訳だと《私の屍体を乗り越えて》となります。
映画・ドラマなどで、敵の襲撃を受けている場面で「ここはオレが食い止めるから先に行け」というセリフがあったりします。この食い止め担当の人は大概やられてしまうわけですが、この場合は「《私の屍体を乗り越えて》お前(達)は進め」という状況です。
しかしover my dead bodyは話が別です。
「それをするつもりなら《私の屍体を乗り越えて》せよ」
=「それをするつもりなら私を倒して屍体にしてからにしろ」
=「私は断固それを許さない」という意味合いですから、日本語の方の慣用表現で言えば「私の目の黒いうち(=私が生きているうち)は絶対にさせない」に相当します。
そしてこの表現ではbodyに形容詞deadが付くことで「屍体」としていましたが、bodyだけでも「屍体」の意味になることがあります。
「His body was found a mile downstream from where he had been fishing.
彼の遺体は釣りをしていた場所から1マイル下流で発見された」(同)
そしてbody countという表現でのbodyもこの意味合いだと言えます。
「(特定の軍事作戦での)戦死者数」
(研究社新英和中辞典)
戦場には棺桶は無いので、一旦は「遺体運搬袋body bag」に収められるのでしょう。
「ボディー‐バッグ【body bag】 の解説
たすき掛けや片方の肩に掛けて用いる、縦長または横長の小型かばん。身体に沿うようなつくりのものをいう。
[補説]日本語での用法。英語では、遺体袋の意。」
(小学館デジタル大辞泉)
さて、「身体」を持つ主体としての「人」という用法もあります。
「a good sort of body
いい人, 好人物」(同)
(研究社新英和中辞典)
「a motherly body
母親
an heir of the body
当該人の相続人」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
辞書の註釈では、この使い方は「略式」であるとか「やや古い」であるとか言われていて、確かに学校でこの用法を習うことはないでしょう。
ただし学校で必ず習う、日常的に非常によく使う言葉にこの意味のbodyが入っています。
somebody、anybody、everybody、nobodyのことです。
例えば、中学生がeveryとbodyを別々に習った後にeverybodyを見たら「どの身体も」という意味なのかな、と思うかもしれません。
しかし、よくご存じのように実際は「どの人も」を表すわけですが、bodyが「人」をも意味すると知れば納得がいくことでしょう。
「主要部」を指すあれこれ
主要部を意味する使い方の例としては生き物の「胴体」の他に、木の「幹」や自動車などの「本体」が挙げれらます。
だから「body shop」は「自動車の車体を整備(あるいは製造)する工場」という意味になります。
バイオリンなどの絃楽器の箱状の部分、つまり「胴部」は絃の振動を共鳴によって増幅する役目を果たしますが、これもbodyです。
英語の、ある程度長くて構成のしっかりした文章は、「導入」「本論」「結論」という3部構成になっているなどとよく言われますが、この「本論」もbodyです。(後の2つはintroductionとconclusion)
「The body of the article is devoted to an analysis of the problem.
(その記事の本文はその問題の分析に充てられている)」
(Merriam-Webster)
「団体」
人の集まりである「団体」もbodyです。
「The committee is an advisory body.
その委員会は諮問機関です」
(研究社新英和中辞典)
「There were reports of a large body of armed men near the border.
(国境付近に武装した男達の大規模な一団がいるとの報告が複数あった)
The women moved towards the building in a body.
(女達はその建物に一団となって向かった)」
(ロングマン現代英英辞典)
「団体」は多数の人で出来ていますが、人以外の「多数、大量」にもbodyが適用されることがあります。
「a body of water
(池・湖・海などの)水域(◆大量の水のあるところ)」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
「▲▲体」
「体」という字を使い、「▲▲体(たい)」という日本語で表現されるbodyがあります。
固体:a solid body
液体:a liquid body
気体:a gaseous body
天体:a heavenly body
濃密、コシ、コク…
葡萄酒について語られるときに「ボディ」という言葉をよく耳にします。
以下はWinomy(ワイノミ)というサイトからの引用です。
「さまざまな意味合いがありますが、飲んだときの口当たりや、重さを表現している場合が多いです。(中略)濃厚感、コク、飲みごたえが強いものや、酸味がありさっぱりしていてサラッと飲めるものなど、味わいとは別に感じることがあります。そこで、「〇〇ボディ」という表現を使い、飲みごたえを伝えているのです。」
物の濃度・密度などを表現するときにbodyが使われるわけです。
「A small amount of tomato paste will give extra colour and body to the sauce.
(少量のトマト・ペーストを加えればソースの色とコクが増すだろう)」
(ロングマン現代英英辞典)
「Her hair lacks body and shine.
(彼女の髪はハリとツヤが不足している)」
(Merriam-Webster)
embody
何かにbody(形)を与える、つまり「具現化する」という動詞がembodyです。
見た目通り「em+body」という構成で、このem-はinの意味合いです。
「The statue embodies the sentiment of the sculptor.
その彫像は彫刻家の感情を具現している」
(研究社新英和中辞典)
antibodyを再点検
ところで冒頭に登場した「mab」のabに当たるantibodyという単語をもう一度見つめてみましょう。
「anti+body」という構造を持つこの単語。接頭辞のanti-は単独で、「アンチ」という形で日本語で使われる例も見かけます。
この接頭辞を持つ言葉を色々と見てください。
①anti-virus software、antitrust laws、anti-American feeling
これらの「anti▲▲」では、▲▲のものに「抗(あらが)う」ことになります。
すなわち「virusに抗うソフトウェア⇒(コンピューター用の)抗ウィルス・ソフトウェア」、「trustに抗う法律⇒(独占の一形態である)トラストを禁ずる法律」、「Americaに抗う感情⇒反米感情」といった具合です。
②antipathy、anticyclone、antitrade
こちらの言葉に関しては「▲▲に抗う」というわけではなく、「逆方向の▲▲」という感じでしょうか。
pathyは「感情」という意味の語要素なので「逆方向の感情⇒反感」、cycloneは「低気圧」なのでその逆だから「高気圧」です。
tradeはこの場合「trade wind貿易風」のことであり、その逆方向に吹く「反対貿易風」という風の流れがあるそうですよ。
ところで①②の類型に当て嵌まらないのがantibodyです。
「bodyに抗う」わけでもなし、「逆方向のbody」でもなし。
語源を調べてみると、以下のような成り立ちです。
「元々ドイツ語にAntikörperすなわち《anti+Körper体》という構造の単語があり、それをそのまま英訳した。」
しかしそのドイツ語でもやはり「体に抗う」という見た目になっています。
Online Etymology Dictionaryの解説では、「anti-toxischer Körper」のような言い方が約まった結果Antikörperになったのではないか、とのことでした。
これならば「毒に抗う物体」なので納得です。
ラテン語系の「体」
ドイツ語のKörperについてサラッと流しましたが、これはラテン語に由来する「体」を表す言葉です。
元のラテン語はcorpusコルプスですが、語形変化するとき、場合によっては「corpor+語尾」になることがあり、ドイツ語のKörperも2つ目のrにその形跡があります。
英語になっているcorpus、corpor-系の言葉を列挙してみましょう。
corpus
英語の発音としては「コーパス」であり、「本体、主要部」といった、先程bodyでも見たような意味があります。
と同時に、言語学の方面では「言語資料」と呼ばれるものを指すことがあります。自然言語の文章を大規模に蒐集(しゅうしゅう)し、品詞その他の情報を追加して電子化データとして検索可能にしたものです。
以前報道番組で、アメリカ海軍の潜水艦が出てきたのですが、その艦名が長いので記憶に残っていました。
USS City of Corpus Christiがそれです。
「シティ・オブ・コーパスクリスティ(USS City Of Corpus Christi, SSN-705)は、アメリカ海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦の18番艦。艦名はテキサス州コーパスクリスティに因んで命名された。」
(ウィキペディア)
ではそのCorpus Christiというテキサスのcityはなぜそのような名前が付いているのでしょう。
Alonso Alvarez de Pinedaアロンソ・アルバレス・デ・ピネダというスペイン人がこの地にやってきたのが、Corpus Christiというキリスト教の祝日に当たる日だったからだそうです。
「Corpus Christi
《カトリック》聖体の祝日(◇Trinity Sunday の次の木曜日)
語源[ラテン「キリストの遺体」]」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
Corpusが「body」を意味し、ChristiはChristusの属格なので英語で言えば「of Christ」に当たります。
corpseとcorps
bodyにもあった「遺体」「屍体」という意味を指す言葉がcorpseで、発音は「コープス」となります。
それよりも1文字少ないcorpsはpsを読まずに、「コー」とだけ発音してください。
bodyにもあった「団体」系の使い方であり、「軍団」などの意味で使われます。「the U.S. Marine Corps米海兵隊」が最も有名な例です。
corsageとcorsette
corpsは直接的にはフランス語から入ってきた言葉でしたが、この2語も同様です。
前者の発音記号は[kɔːrsάːʒ]なので、カタカナで書けば「コーサージ」といったところでしょうか。
婦人服の胴の部分を指す用法があるのでまさにbodyです。もっともそれより馴染みの有る使い方は「コサージュ」でしょう。
「コサージュ (Corsage) は、女性がドレスや衣服に着ける花飾り。(中略)慶事の服装を引き立たせるために肩・胸部・腰部などの胴部、手首に着用する。」
(ウィキペディア)
一方「コルセット」としてご存じのcorset[kɔ́ːrsit]もフランス語から輸入された言葉です。
「[原義は「小さな体」→「締めて小さな体にするもの」]」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
corpor-の数々
corporationは、bodyにもあった「団体」という意味が中心的なものとなります。
「社団法人」や「地方公共団体」、そして「株式会社」などを指します。
社名で「Corp.」と入っていたらこれを縮めたものと思ってください。
一方「Apple Inc.」といった具合に「Inc.」と入っている社名も多いですよね。「インク」?
これもcorpor-系の言葉であり、「法人格のある」を意味する形容詞incorporatedの略です。
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。
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