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『弁当男子』 〜ありがとうが言えたら

こんにちは、ことろです。
今回は『弁当男子』という本を紹介したいと思います。

『弁当男子』は、著・池田將友(いけだ まさとも)、装画・恩田りお子の小説です。
“心からの感謝の気持ち”をテーマに書かれた作品を募集し、広く社会に発表することを目的とした小説アワード、第一回「ありがとう大賞」の特別賞受賞作「弁当男子の先生と素直になれない中学生」を改題のうえ、大幅に加筆・修正されたものです。
山形県長井市出身の作者が、山形県長戸市という架空の町を作り、ひとつの家族の再生を描きました。

主人公は、島本大地(しまもと だいち)。高校一年生。
県立長戸高校に通う。
片親で、母親と一緒に暮らしている。
昼食はコンビニで買ったものを、屋上で一人で食べる。
最近は、美術教師兼生活指導担当の万場博が弁当の味見をしてくれと頼んできたため、断れずにそれを食べている。
家のことで揶揄されて殴りつけることもあり、学校からはよく怒られている。
友達がいない。

万場博(ばんば ひろし)先生。
大地の通う高校の美術教師、兼生活指導担当。
みんなからは縮めて「万博(ばんぱく)先生」と呼ばれている。
奇抜な服装をすることが多く、普通にしていれば手足も長くイケメンなのに、全てを台無しにしている。
普段は襟足を後ろで雑に結んだボサボサの長髪と、絵の具まみれの毛羽立ったオレンジ色のつなぎを着ている。丸メガネ。
何を考えているか読めない濃いキャラクターだが、一手も二手も先を行く、ちゃんと生徒のことを考えている先生。


もうすぐ夏が来そうな空を、島本大地は眺めていました。
大地の通う高校は自然の中で学ぶ姿勢をとられており、初代校長の『自然との融和を計り、心豊かな生徒を育て、文武両道の精神を鍛える』という理念通り、周りの自然を活かした授業が特徴で、春には全校挙げてのトレッキング、秋には野外を利用した文化祭、冬にはアルペンスキー授業といった催しがあります。
ただし、夏休みに入る前の数ヶ月間は、運動部以外これといった行事はなく、穏やかな日々が続きます。

大地は、いつものように朝コンビニで買った菓子パンや惣菜パンを作業のように口に詰めます。
ここは屋上なのですが、ひょんなことから屋上の鍵を手に入れ、それからはずっとここを利用しています。普通の生徒は入るのを禁止されています。

大地が屋上で一人で昼食を取るのには、理由がありました。
高校になると小・中学と違って給食制ではなくなるので、みんなお弁当を持ってきます。
しかし、大地の母は料理が得意ではなく、仕事に追われているため、お弁当を作ってはくれません。お弁当だけではなく、晩ごはんだって勤めているスーパーのお惣菜です。(本当はもっと違う理由があるのですが、大地は忘れてしまっています)大地は、他の人がお弁当を持ってきているのに自分にはないことが嫌でした。子供染みた理由だなと自分でも思っていますが、どこか仲間外れにあっているような気分になり、こうして屋上で一人、孤独に昼食をとっています。

すると、今日は顔を出しに来た人がいました。美術教師兼生活指導担当の万場博先生です。みんなからは縮めて万博先生と呼ばれています。
万博先生は、すらっとした体型からモデルのような見た目をしていますが、いかんせん洋服のセンスがないため奇抜な格好で台無しになっています。
いつもの丸メガネに、ボサボサの髪、絵の具がついたオレンジのつなぎを着て、大地のところまでやってきます。

大地は一人で自由気ままに過ごしていたのに邪魔が入ったと、ふてくされた顔をしています。
「そう、邪険にするなよ」
と先生に言われ、丸メガネの奥にある皆既日食のような黒く正円な瞳を見ていると、思わず吸い込まれそうで、男である大地も少しドキッとしてしまい、視線をコンビニ袋に落としました。
「なんだ。また、パンを食ってるのか?」と先生がため息混じりにつぶやくと、焼きそばパンをとって食べ始めました。
「おいっ!それ、俺の飯だぞ。何食ってんだよ」
先生は腰につけていたポーチから七味唐辛子を取り出し、なんの躊躇いもなくパンにかけて食べました。
「やはりそうだ。これには七味が合うな。うん、実に美味い」
紅葉のように真っ赤に染まった焼きそばパンは、いとも簡単に無くなっていきます。

そして、取り出したのは、一つのお弁当。黒いチェックの袋を大地に渡してきました。
大地は、促されるまま受け取ります。
「何だよ。これ」
「それは弁当だ」
「そんなの見ればわかるっての。なんで、俺に渡すんだよ」
そう言いながらも、大地は大体の見当をつけていました。弁当を持たず一人さみしく菓子パンばかり食べている生徒を哀れみ、弁当を与えることで距離を縮めようという魂胆です。常套手段ではありますが、浅はかな手だと大地は思いました。

「味見をしてくれないか」
「はぁ? 味見?」 
思わず先生のほうに顔をあげる大地。
「その弁当は、先生が作ったものなんだがな」
「男が弁当かよ。気色悪りぃ」
弁当を渡して親密になろうとするつもりだなと見当はつけていましたが、まさか自分で作った弁当を持ってくるとは思いませんでした。

先生曰く、弁当を作ったのは母親に怒られたからということでした。いつも当たり前のように私が作った弁当を持って行ってるけど、その苦労がおわかりで? と言われたので、もちろん先生はわかってますと答えたのですが、相手の苦労がわからないと結婚してもすぐに別れることになりますよとか、三十路になってもまだ独り身とはどういうことですかとか話が脱線、紆余曲折し、延々と怒られてしまい、このままではまた怒られると思った先生は先手を打とうと思いました。
それが、弁当を自分で作ることでお母さんの苦労を身を持って体験しようということでした。そうすれば、お母さんも許してくれるだろうと。しかも、料理の腕がプロ並みなら文句も言えないだろうと決め込んだ先生は、大地という絶妙な距離感の人間に味見してもらって意見を聞こうと考えていました。
まあ、弁当を自分で作る『弁当男子』なるものが女性教員からモテるというのもあって料理をしようと思ったようでしたが。

大地は、一通り説明を聞いた後、焼きそばパンを取られて幾分かお腹が空いている状態だったので、渋々お弁当を開けてみました。
弁当箱は二段式になっており、上段におかず、下段に白米が入っていました。その間を仕切る内蓋には、やや短い箸がついていました。
その中身を見て、大地は愕然としました。
大して期待はしていなかったのですが、それにしても唐揚げと焼きそばのみのおかずに白米とは。全体的に茶色いし、具が二つ。いや、焼きそばを具と言っていいのかどうか、大地には迷いがありました。
「おまえは、さっきまでパンと焼きそばを一緒に食おうとしていたぞ」
と先生に突っ込まれましたが、「あれは、美味いからいいんだよ」と返し、ついでに俺は関西人でもないからなと付け足します。
仕方なく唐揚げを口に運び、一口、二口と噛みしめます。
「どうだ? 美味いか?」
わくわくしている先生を横目に、大地はご飯を掻き込み、一言「しょっぱい」とだけ答えました。

こうして、大地は毎日お弁当を持ってくる万博先生に昼休みを邪魔される(?)日々を送ります。
お弁当を味見するたびに一応感想を述べる大地でしたが、万博先生の料理の腕はちっとも上がりません。
基本的にしょっぱく茶色いお弁当のままです。

昼休みを邪魔された大地は、午後の授業をサボることにしました。
自転車に乗り、通学路の坂道をブレーキ無しで駆け下ります。
すると、坂の終わり、カーブを曲がった先で集団の自転車組に衝突し、みんなして自転車ごと転んでしまいました。
「いってぇなぁ!」
怒号を飛ばすその人をよく見ると、同じく学校をサボっているであろう不良集団でした。
なんとかこの場を治めようと大地が謝罪の言葉を吐きましたが、すぐさま蹴りを入れられてしまいました。
殴り蹴られ、ボコボコにされていると、一人の少年が好奇の声を上げます。
「あっ! こいつ、一年の島本だぜ」
「ああ、例のスナックの」
「何だよ、そのスナックって?」
ボコボコになりながらも、大地の耳はその会話に集中します。
「お前、知らねぇの。あれだよ、入学して早々、クラスの奴を半殺しにしたのこいつだよ。んで、家がスナックやってんだよ」
「ばか。ちげぇーよ。こいつの母ちゃんがスナックで働いてんだろ。そんで、こいつの前で、その事言うと、半殺しにされるんだって」
「何それ。スナックって何よ。風俗か? 長戸にあんの、そんなの」
大地の襟を掴んだ男がそう言って嘲笑うと、同意とばかりに他の二人も大きな声で笑い始めました。
その陰湿なあざけりを聞いて、怒りの沸点が越えた大地には、もう謝罪の気持ちは消えていました。
「てめえに、家のこと言われる筋合いはねぇよ!」
大地が反撃しますが、そこは多勢に無勢、向こうのほうが人数が多いため負けてしまいます。
すると、どこからかピィー!という笛の音が響き、パトロール中の警察官が来て、不良たちは慌てて立ち去ります。脱いだ靴をその背中に投げた大地でしたが、ぽとりと落ちたのは警察官の頭の上でした。

警察署の少年犯罪課に、大地の母親が来たのは夕方四時頃でした。
「ご迷惑かけて申し訳ありません」と深々と頭を下げる母親の姿を、どこか愛おしくも鬱陶しくも感じ、晴れない気持ちを抱えたまま、二人で警察署を後にします。
大地のお腹が鳴り、それを聞いた母親が「ちょっと早いけど、ご飯食べていこうか」と言って町で唯一のファミレスに向かいました。
車が発信する前、母親は携帯電話でスナックに遅れる旨を伝えます。それを横目で見ていた大地は「こんな時でも、仕事に行くのか」と心の中で愚痴り、「スナックってなんだよ」と付け足しました。

大地の母親は、昼はスーパーのパートをし、夜はスナックで働いています。子供の進学を見越したうえで、女手一つで高校生の息子を養う為には、それぐらいのことをしなくてはいけませんでした。
忙しい母親は、空いた時間で洗濯や掃除といった家事はするものの、食事を作ることはありません。
故に、昼のパート時、売れ残ったお惣菜を安く、時にただでもらって、それを毎晩おかずとして出していました。それを、一人で食べるのが大地の夕食です。

大地は、母親の手料理を最後に食べたのはいつだったか思い出そうとしました。
まだ父親と呼べる人がいた時は、その父親の母親、つまりは大地の祖母が食事の用意をしていました。
祖母はとても厳しい人で、父親は見て見ぬ振りをし、母親にはいじめをし、大地には虐待まがいのことをしていました。
母親が作っていた料理を父親や大地に食べさせることはせず、次第に母親は料理をすることをやめてしまいしました。
離婚して、二人で過ごすようになってからも、あまり作ることはなかったはずです。
大地はたかが5年ほど前のことでも随分と昔のことのように思えて、はっきりとしたことが思い出せませんでした。

メニューを決め、注文を済ませた二人は重苦しい空気になり、耐えられなくなった大地が思わず言います。
「今日のこと。怒んないのかよ」
大地はいつも母親と話すと無骨な怒っているような態度になってしまいます。
「本当は、怒るべきなんだろうけどね。大ちゃんにはいつも苦労かけているから」
大ちゃんと呼ばれることに恥ずかしさがあるのか、「こんなところで、そう呼ぶな」と言いながら続けます。
「でも、それとこれとは話が違うんじゃえの」
「そうなんだけどね……」
これから怒られようとする人間が言う台詞ではありませんが、大地はどこか怒られることを期待していました。
問題を起こして、母親の注意を惹きたいなどという馬鹿げたことを思っているわけではないけれど、怒ってでもいいから気にかけてもらいたかったのです。
しかし、母親はいつも「ごめんね」と言うだけで怒ってはくれませんでした。そのたびに、大地は母親との間に溝を感じるのでした。

しばらく沈黙が続くと、母親が話し始めます。
「大ちゃん、実はね……。話をしようと思っていたことが、あって……」
もったいぶるような言い方に、大地は嫌な予感しかしませんでした。
「実は、ね。大ちゃんに会って欲しい人がいるのよ」
母親の言葉の終わりを待たずに、大地は立ち上がり声を荒げていました。
「何言ってんだよ。そんなん知らねぇよ」
頭に血が上り、混乱し、気がつけば外に飛び出していました。
料理をお盆に乗せて立ちすくんだまま、店員が様子を伺っています。
背後では、母親が涙ながらに店員に謝っていました。

翌日の昼休み、大地はまた万博先生に捕まり、お弁当の味見をしていると、昨日警察のお世話になったことを話し出しました。
少しやりとりをした後、こうも言います。
「なるほど。お母さんに、男の影が見つかったんだな」
イライラしている理由はそれだな? と言われ、エスパーのように言い当てた先生に返す言葉もない大地は口をパクパクさせながら固まってしまいました。
「島本は、その人に会ったのか?」
先生は見知らぬ相手に闘志を燃やすのはエネルギーの無駄遣いだと言います。
いろいろと言いくるめられた大地でしたが、「もしかすると、その相手は、こないだの大男かな」と先生に言われると気になって仕方ありません。
「おい、なんだよ。こないだの大男って」
「男の素性は知らないが、妙な大男と、お前のお母さんが一緒にいるところを見たんだ」
先生は大地の母親が勤めているスーパーで、会計時にその大男と母親が話しているところを目撃したと言いました。なぜ勤め先のスーパーを知っているかというと、二者面談が行われているからだそうで、大地はつゆ程も知りませんでした。
「お母さんが会わせたいと言っているのは、その男のことなのかな?」
ぶつぶつひとりごとを言う先生でしたが、ある提案をしてきます。
「よし! 確かめてみるか」
なんとスーパーで張り込みをして、大地の母親とその大男が接触するのを確認しようと言うのです。

その日、学校をサボって張り込みをした先生と大地は、結局母親が勤めるスナックまで尾行し、そこで大男と接触しているところを目撃します。
借金取りでも結婚詐欺師でもなさそうなその男の素性はわからないままでしたが、大地の母親の恋する顔を見ていれば一目瞭然でした。

大地は家に帰ってひとり晩ごはんを食べます。
母親が男の帰り際に渡していた何か。
それは、たとえばお弁当だったのではないかといぶかしみ、冷蔵庫や調理器具を確かめてみると、たしかに何か料理をしている形跡があります。
普段、自分には料理なんてしてくれないのに、あの男には作ってるのか。
敗北感が大地を包みました。
どんなに悪い態度を取っても、当たり前のように家事もしてくれてごはんも用意してくれる母親のことを、一度でも労ったり感謝の言葉をかけたりしたことがあったでしょうか。
それを、あの男ならきっとしているのでしょう。
もしかしたら、自分はいつか捨てられるのかもしれないな、と大地は思いました。


それから、なぜ母親が料理をしなくなったかの理由が本当は自分にあることを思い出したり、先生に長戸を一望できる場所で息抜きにスケッチをしようと誘われた先でなぜか例の大男が居たり、いろいろハプニングが起きます。
そして、母親の恋人なのかわからない大男の素性もわかってきますし、交流も深めていきます。すべては先生の計らい通りに、物事が進んでいきます。

大地は、何度も先生にしてやられる形で救われていきます。
それは大地が素直ではないから、先生が考えてあえて騙す形を取っているのだろうと思います。先生なりのやさしさです。

いつも味見しているお弁当が本当は誰のものだったのか。
お母さんと和解することはできるのか。
大男との関係はどのようになっていくのか。
感動の展開が待っていますので、ぜひ読んでみてください。
素直にありがとうが言えたとき、人は理解することがたくさんあるのだと思います。


いかがでしたでしょうか?
お弁当ものの作品はたくさんあると思われますが、この作品は「ありがとう」がテーマでした。
それも、いつもお弁当を作ってくれてありがとうという気持ちだけではなく、存在自体というか人生をかけてのありがとうだったので、その重みが違ってくるなと思います。
思春期ならではの気恥ずかしさや戸惑い、ひねくれなんかもありますが、最後に主人公は成長し、もう屋上に来なくても大丈夫だと、先生に言い放ちます。それは先生も嬉しいでしょうし、私も嬉しくなる瞬間でした。
思春期だからこそ親を傷つけてしまうこともありますが、反省して謝れば前に進めることもあります。
子供の立場でも親の立場でも読める作品だったのではないかなと思います。

それでは、また
次の本でお会いしましょう~!


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