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スロウ

夜の匂いを吸い込みながら、腕時計の秒針と心音の類似性について考えていた。
眼帯でふさがれた片方の目は、真白なものを見ているはずなのに何にも見えない。清潔なシーツと、新品のガーゼに包帯。ぴんとしたものを身につけると、ほんの少しの自尊心をくすぐられるから不思議だ。
新しいパジャマを着ると違った自分になれたみたいな気持ちになる。知らないベッドで、真新しいパジャマに袖を通す瞬間。それが一番きれいな自分で居られるような気がして、たくさんたくさんパジャマを買った。眠るまでしか効果のない魔法でも、魔法があるだけでしあわせだから。夢の中だったとしても、生きられるならそれでいいじゃない。
くっきり折り目のついたパジャマが好き。誰の匂いもしないぶかぶかの袖が大好き。
パジャマのままで、裸足で外へ出てみたくなる。
雨に濡れたコンクリートの上を歩く感触とか、芝生の柔らかさとか。ねぇ、あなたは知ってる?って、色んな大人に聞いてみるの。とっても素敵なものなのに、どうしてみんなはおかしなかおをするんだろう。

夕焼けだったものの匂いが、煙草とお風呂と夕飯の香りに吸い込まれていく。
しあわせなものたちと、寂しくてたまらないあなたの匂い。
こっちにおいでよって手を振る姿が、バイバイの姿と重なって。

月が綺麗に見えたのは、たぶんわたしが片方だけで光を見るからよ。

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