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料理を頑張るという目標を毎年立て続けている件について

2018年、料理上手になる、朝活をする、と意気込んだけれど、ちっとも出来やしなかった。


料理はまぁ自分で食べるくらいの料理とお弁当は作ったけれど、人に振る舞えるような料理はできない。そもそも料理上手なんて高い目標を掲げた事が敗因だなと思う。人間たいした理由もなくいきなり料理上手になんかなれやしないものだ。

1年前、30歳を越えて料理できないのはまずいよ言われ、たっかい鍋セットを買ってしまった。それなのに、未だに袋から出してすらいないものもある。形から入るのもいいけれど、使いこなせないものは逆効果だなと知った。ずいぶんとお高い勉強代になってしまったものだ。


そして性懲りも無く、今年も料理をするぞと思っている。

もう何年ぼんやりと思い続けているのだろう。一向に上達しない。というか作っていない。夏は暑さを言い訳に。冬は寒さを言い訳に。

そんな私が、今年はスープから始めようと思っている。

体も温まるし、ヘルシーそうだし。

放り込んで煮込むだけで生きていきたい。けど、たまには焼いたお肉も食べたい。(そもそもスープはサブなのかしら?メインも作らなきゃいけないのかしら?作ると言ったら1つなのがそもそも間違っているような…)

とは言え食卓に何種類も並べなきゃいけないなんて法律はないので、とにかくマイペースに1つ1つ作って食べることを楽しむところから始めたい。

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以前、恋人に「料理は愛情だ」と言われたことがある。それはとてもわかる。愛する人に美味しいものを食べさせてあげたいし、栄養バランスの良い食事を食べさせてあげたい。

では、愛情さえあれば上達するのか。

そんなことない。

料理が上達しないのは愛情が薄いからというわけじゃない。おいしい料理を作ってあげたい想いはあっても、料理を楽しいと思えないからそんなに頑張れない。

それに疲れていたら愛情どころじゃない。もう買って食べたほうが2人とも幸せになれていいじゃないか。そんな風に思っていた。
「手抜きでも下手でも作ってくれることが嬉しい」なんて言われても、いや、私はどうせ食べるなら楽に美味しいものが食べたいよ、だ。

なんて色々言ってみたものの、つまりは面倒臭いしなるべく作りたくないのだ。友達は料理がストレス発散になると言っていたが、私は料理がストレスになるのでもう致命的だなと思う。

料理に興味がないから、料理は"頑張らないといけないこと"なのが問題だ。

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"食べることを楽しむ"に重きを置いて料理を頑張ろうと思うと、"自分で作るより買ってきたほうが美味しい"と気づいて結局作らなかったなと思う。

ということは、"作るを楽しむ"にしないといけないのでは。。。


そんなことをうだうだうだうだ考えている今日この頃。

結局まだ、大した料理はしていない。

今年はどうなることやら。


#エッセイ #日記 #料理 #苦手 #アラサー #独女 #独女会  




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