見出し画像

父が娘に語る美しく、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。 第1章

格差について

アボリジニがイギリス人に侵略されたが、なぜその逆は起こらなかったのか? それはもって生まれた人種の能力、賢さの差ではないということ。

狩猟を続けた地域は、食料が豊富で困らなかった。そして食料は貯めることができなかった。

農耕に移った地域は、小麦などの穀物を保存しておくことができた。農耕によって余剰が生まれた。

保存しておく穀物を記録、管理しておくために文字が生まれた。

すると次のような行為も可能になる。畑で働いた労働の対価として、穀物の料に換算した分をあとから受け取ることができる。貝殻に数字を刻んで通貨のような働きをした。

貝殻は交換取引に使うこともできた。

この貝殻(通貨)を流通させるには信用が維持される仕組みが必要だった。それを支えたのは権力者や国家であった。その維持のために軍隊も必要になっていった。

国家や軍隊といった権力を支えるためには余剰が必要である。余剰は権力者に集まる。

余剰を作り出すには大量の農民が必要。農民は貧しい。

人の数という点では圧倒的に不利な国家、権力者は、そういった農民の反乱の危険も常に抱えていた。

権力者が余剰を集め、支配する体制を正当化する理由が必要。

神に仕えるものとして、聖職者としての存在意義を唱える。国家と宗教は一体だった。

国家や軍隊が誕生すると、他の地域の余剰を強奪するようになる。

ヨーロッパの東西は気候が似ていて、穀物栽培の技術も伝搬しやすく、また穀物も育てやすかった。だから争いが絶えなくなる。

争いに勝利するために武器も生まれる。

食べ物や人、動物が増え、密度が高まると、伝染病やウィルスも誕生する。そのような地域では多くの人が死んだが、長い時間をかけて生き残った人達は耐性を付けた。

しかし農耕の始まらなかった地域、オーストラリアなどはそのまま狩猟が続き、伝染病の耐性がなかった。

そのために外の世界から来た人と接触した時、病気で死ぬことあった。先住民は武器よりウィルスで死んだ方が多かった。侵略する側の人々はそのことを知っていて、天然痘などを贈り物につけて利用することもしていた。

余剰から生まれた軍隊、武器、船、細菌が、アボリジニを含めた先住民の侵略につながった。

アフリカの場合、地域的に南北に長く、気候の変化が激しいため、同じ作物や技術が合わなず、農耕のしくみが広がらなかった。

つまり、ヨーロッパでは強大な帝国が築かれたのは、人種や能力の差ではなく地理的な環境が要因であった。

地域内格差

権力者が余剰を独占すると、さらにその余剰を使ってさらに権力が集中する。宗教がそのような状況を正当化する。

格差はあたりまえなのか?

格差の始まりを見てきた。

人間は、自分が何かを持っていると、それを当然の権利だと思ってしまう。何も持たない人を見ると、同情してそんな状況に怒りを感じるかれど、自分たちの豊かさが、彼らから何かを奪った結果かもしれないとは思わない。
貧しい人がいる一方で、権力者(といってもだいたい同じ人たち)が、自分たちがもっと豊かになるのは当然だし必要なことだと信じ込むのは、そんな心理が働くからだ。

そのように格差を認め、都合良く思ってしまうべきではない。格差は個人や人種の問題ではない。社会のせいである。

公正で理に適った世界にするために、どうすればよいのだろうか。

一章について筆者は参考文献として『銃・病原菌・鉄』を参考にしている。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?