ファイナリストの苦悩 後編

第56回宣伝会議賞のファイナリスト選出の連絡が来てから贈賞式までの期間、これがなかなかストレスフルな日々だった。今思い返しても心拍数がブチ上がる。

例によって、情報がオープンになるまで(今回、ファイナリストは贈賞式当日まで)口外してはいけませんよという誓約書に署名させられたが、言ってはいけないと言われると猛烈に言いたくなるのが悲しいSAGA。ついつい言いふらしたくなる衝動を抑え込むのに必死だった。そんな中、ひと足早くSNS上で嬉々として受賞の報告をする協賛企業賞受賞者の皆さんに対し、思わず「ちっ、人の気も知らないで」と心の中で理不尽に悪態をついたりした。

毎日毎日、気が付くと贈賞式のことばかり考えてしまい、普段の仕事もろくに手がつかない。外を歩いていても、風呂に入っている時でも、「まあどうせダメだろう」「いやでももしかしたら」の応酬が卓球の高速ラリーのように脳内で昼夜問わず繰り広げられ、日に日に精神が疲弊していくのが自分でもわかった。

また、万が一受賞できた際、壇上で何か発言を求められたらどうしよう、というありもしない妄想にも余計な神経を使った。重めのアガり症なのでシミュレーションが不可欠なのだ。シンプルに感謝を伝えようとか、いやいやここは一発ボケをかまして爪痕残してやろうとか、今になって考えてみると滑稽でしかない。恥ずかしすぎて死ねる。

さらに、よせばいいのに、わざわざ自分からSNSやブログで「宣伝会議賞」で検索したりして、「ファイナリストより中高生部門の方が面白い」というような、十分予想できたコメントの数々にまんまと傷ついたりした。

そんなボロ雑巾のようなメンタルを携えて贈賞式に臨んだが、残念な結果に終わってしまった。受賞を逃したとわかった瞬間、まず脳裏に浮かんだことは、「ここまで自分の作品を推して残してくれた審査員の方々に申し訳ない」ということだった。ファイナリストに残れたということは、当たり前だけど、それまでの審査で自分の作品が受賞してもいいと思ってくれた人が少なからずいた、ということだ。その期待に応えられなかったということが、個人的には何より辛いことだった。もしいつかどこかでお会いする機会があれば、直接謝罪と感謝の気持ちを伝えたい。選んでいただいたのがどなたかさえ存じませんが。

ところで、どうでもいいことだが、「いつ連絡が来たか?」という質問には答えないことにしている。検索エンジン等で「宣伝会議賞」と入力すると「宣伝会議賞 連絡」と出たりするが、それだけ気になる人が多いのだろう。でも、今回連絡が来たのがその日付だったからといって次回もそうとは限らないし、知らないままの方が「もう連絡来たのかな」「いや来週まで待ってみよう」と言った感じで、最後までドキドキを楽しめるのではないか。知りたい人は他の親切な方に教えてもらってください。だけど、たとえ教えてもらっても「ふーん、今回はそうだったのね」くらいに留めておいた方がいいような気がする。言われなくてもそうするのかもしれないけど、とにかく情報に踊らされてはいけない、ということだけ覚えて帰ってください。

まあしかし、もう5月だというのに、いまだに宣伝会議賞の話題で引っ張ってすみませんね。なんせ宣伝会議賞がらみの方が他のネタよりよく読んでもらってるみたいなので、つい味を占めてしまいまして。てへへ。

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