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【短編】クローバー

大学生である私は、夏の長期休暇を利用して、それほど仲良くはない高校時代の同級生と、合宿に来ることになった。目的は自動車の運転免許を取得することだ。

この自動車学校は、最寄駅から車で10分ほどのところにあり、なぜか男性は構内にある宿舎に泊まり、女性は学校から車やバスで移動した各地のゲストハウスに泊まるという変則的な合宿形態を取っていた。
この合宿を探してきたのも、私を誘ったのも、同級生の花音かのんだ。

先ほども話した通り、花音とはそれほど仲は良くはない。
高校の時に、普段話す友達内にはいなかった。言ってみると友達の友達のような、それほど深くない関係。だから、誘われた時には素直に驚いた。でも、大学生のうちに運転免許は取っておきたかったし、大学は地方の大学に行っていて、休みの日や学校帰りはがっつりバイトを入れていて、教習所に通う時間もなかった。

だから、花音からの誘いに乗った。合宿というところに、すこし気後れしたが、逆に集中して短期間で取れるし、いい機会だと思ったのだ。
花音とはもちろん泊まり先では、同室だ。
お互いそれほど仲良くないことを分かっているためか、大学生活の話を一通りした後は、専ら同じ部屋で本を読んで過ごしていた。彼女は、何となく私と同じ匂いがした。

免許教習は順調に進み、学科と実技を並行して学んでいる状態だった。教えてくれる教官も毎回変わる。そんな中、私には一人気になった教官がいた。
その教習所の教官は、誰もが親しみやすい人達ばかりだったのだが、彼はその中で抜群に教え方がうまかった。
残念ながら、教えてくれる教官の指名はできなかったので、彼が当たるかどうかは運に任せるしかなかったけれど。

一番の難関、クランクの教習を担当してくれたのが彼だった。私は思わず天を仰いだ。神様。ありがとうございます。
そしてクランクの教習中。
私はかなり緊張して教習に臨んでいた。隣で座っている彼が私の緊張を解こうと苦慮している。
「力が入りすぎ。もっと、力抜いて。」
「は、はいっ。」

かなり遅くはあったが、何とかクランクを抜けた。
私は車を止め、彼は隣で手元の書類に何かを書き留めている。
「あ、ちょっと待って。ドアを開ける。」
「は、はい?」
彼は、自分側のシートベルトを外すと、ドアを開けて、外に出て行ってしまった。私はそれを声なく見守っていると、彼はすぐに戻ってきて、助手席に座った後、私に向かって手を差し出した。

「はい。これ、あげる。」
彼の手にあったのは、四つ葉のクローバーだった。
「これ、どうしたんですか?」
「窓から外を見ていて見つけた。」
彼の言葉に、私は多分かなりびっくりした顔をしていたのだと思う。私の顔を見て、彼は笑った。

「すごい・・動体視力。」
「合格して免許取れるように、お守りとして持っておけばいいんじゃない?」
私は彼の手からクローバーを受け取って眺める。確かに四つ葉だった。
「他の人にも四つ葉のクローバーをあげたことがあるんですか?」
「初めてだけど?」
そう簡単には見つからないでしょ?と、彼は言葉を続けた。

私が聞きたいこととは、少しずれた回答だったが、他の人に同じことをしたことがないということに、私は何故かホッとしていた。それとほんの少しの特別感をもたらした。

「自分で持っていようとは思わないんですか?なんてったって、幸運の四つ葉のクローバーですよ。」
「・・この歳で、幸運を祈ってもねぇ。」
そう言う彼も、そこまで私と歳が違うとは思えない。多分20代だろう。
「じゃあ、私が免許を取ったら、この幸運を分けます!」
「は?」
私が言ったことの意味を測りかねたのか、彼は首を傾げて私を見た。

「私は、この四つ葉のクローバーと自分の力で、合格して免許を取ります。そしたら、連絡をしますから、その時に何か願いを言ってください。何でも願いを一つ叶えます。」
「・・面白いこと言うね。君。」
「嘘じゃないですよ。本気です。」
「その前に合格しないと、だけど。」
彼は胸ポケットから名刺を取り出すと、その裏に何かを書いて、私に手渡した。

「?」
「連絡先。で、今日のクランク教習は合格。」
彼は、ダッシュボードの上に載せていた書類に判を押すと、車を元のところに戻すよう指示を出した。
私は持っていたハンカチに、貰ったクローバーを挟むと、名刺と共にポケットにしまい、車のサイドブレーキに手を置いた。
彼に視線を向けると、彼は口に手をやって、私から視線をそらしていた。
僅かに見えた耳の縁が赤かった。

クローバー(シロツメクサ)
花言葉:私を思って、幸運、約束、復讐
8月29日、8月31日誕生花
四つ葉のクローバーは、育つ過程で、人に踏まれたりして、傷ついたものが成長した姿らしいです。小さい頃、花冠とか作りましたか?

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