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【短編小説】神の手

【短編小説】人は神の手を持っている

人間は皆、神の手を持っている。
誰でも何かしら生み出すことができる。
小説しかり、絵画しかり、料理しかり、数え上げたら切りがないが、とにかく創造することができるのだ。
そういう自分は、つたないながら、小説を書いている。本業ではなく、趣味の領域を超えることはないが。

「なんで、そんなことをいつまでも続けているんだ?」
数少ない私の友人には、何度もそのように尋ねられている。彼らは、自分が、人を、自然を、そして、世界を、この手一つで生み出すのをうらやましく思って、そんなことを口にする。
君らにはできないだろう。
私は、心の中でそう思いながらも、「単なる趣味なんだ。好きなようにさせてくれ。」と答える。

自分が作り出す世界の中では、全てが私の思う通りに動く。
傲慢ごうまんではあるが、言葉通り『神の手』だ。私の考え次第で、世界に現れる登場人物の運命さえも変えてしまえるのだから。少しでも彼らの行動が、心情が、誰か読み手の心に、わずかなりとも響けばそれでいいんだ。
だが、私の影響が及ぶのは、当然、私が作りだした世界の中だけであって、私の周りに、友人や恋人を生み出すことはもちろんできない。

そして、一番、私の世界に触れてほしいと思う人物は、私の小説を読んだことすらない。
彼女は、物語に興味がなかった。
物語を読むと、これらは全てまがい物だと思ってしまって、興味が失せるらしい。

私は、何度も彼女に読むことを勧めた。でも、彼女は、私が小説を生み出すことや、他の人から評価を得る度に、尊敬の念を口にするのだが、一向に自分で読もうとはしなかった。

私は、彼女の力に少しでもなりたかった。現実は、ただ生きるにはとても困難だ。少し辛く思うことがあったら、私は自分の世界に逃げ込むことができるが、彼女は正面から受け止めてしまい、家で泣き暮らすことも少なくなかった。

「羽村。」
私の話を聞くと、いつまでも小説を書くことを続けるのかと、尋ねてくる数少ない友人、岸間は、呆れたように私の名を呼んだ。
「君は、小説にこだわりすぎている。それ以外にも君の手ができることはあるだろう?」
そう言われ、私は自分の手を目の前に掲げ、じっと見つめてみた。
「いや、私にできることは小説を書くことくらいだ。他にできることなどない。」

「仕事だって、生活だって、ちゃんとこなしているじゃないか。」
「それは、別に私の力ではない。ある程度同じことを続けていれば、何とかなるものだ。」
「変に器用なところがあるからな、君は。世間では、それらをまともにこなせない人もたくさんいるのに。」
「・・・なぁ、どうしたら、彼女は私の作品を読んでくれるようになるのだろう。」

「興味のないことを無理やりさせようとしても、彼女が困るだけだろう。」
それは分かっている。だが、だとしたら。
「私が、彼女と一緒にいる必要は、ないのではないか?」
小説を書くことしかできない私。でも、それは彼女を楽しませることも、笑わせることも、涙させることもできない。なのに、なぜ、彼女が私の側にいるのか、それが私には分からない。

「それは、彼女が君のことを愛しているから・・。」
「私は、彼女のことを愛していないのに?」
そう言った私のことを、岸間はうんざりしたような顔をして見つめる。
「僕からしたら、君は十分、彼女のことを愛しているように見えるけれどね。」
「大切には思っているが、愛してはいない。」
「じゃあ、彼女が別れを切り出してきても受け入れられるのかい?」
「彼女が望むなら。」

私の言葉に、岸間は口の端を上げる。
「相手の気持ちを尊重してあげるところからして、君は彼女に惚れてるよ。」

私の手は、友人や恋人を生み出すことはなかった。
だから、ある時に瞬きしたら、友人だと思っている岸間も、大切な存在である彼女も、ふと消えてしまうかもしれない。自分の前から歩き去ってしまうかもしれない。でも、私にはそれを引き留めることができない。彼も彼女も、私が生み出した世界の住人ではないから。

「今日の夕飯はどうだった?」
「いつも美味しいよ。ありがとう。」
「今日は、楽しいことや嬉しいことはあった?」
「いつもと変わらない日々かな。でも、仕事の時に、お客様からお礼は言われた。」
「・・・疲れた顔しているね。ちょっと、横になったら?」
「そしたら、朝まで目が覚めないかもしれない。」

そう言いつつも、私は彼女の膝を枕にして、その場に横になる。
彼女の手が、私の髪を優しくすく。
「明日は、休みの日だから、気にしなくていいんじゃない?」
「でも、このまま寝てしまったら、君が辛いだろう?」
「・・・私は、この時間がずっと続けばいいと思ってる。」
彼女の手の動きが、私のまぶたを重くし、私の安眠を誘う。

彼女の手も『神の手』だ。
私に、ここにいていいんだと思わせてくれる神の手。いつまで、この神の手は私の元にあってくれるのだろう。
私は、髪をすいていた彼女の手を取って、音を立てずに口づけた。

【短編小説】彼は神の手を持っている

私は、想像力にとぼしい。
だから、小説とか、漫画とか、アニメとか、ドラマとか、事実でない誰かが考えたものを、読んだり見たりするのが苦手だった。
空き時間にするなら、読書や映画鑑賞よりも、体を動かす方がいい。家にいなければいけない時は、寝ていることが多かった。一人の場合はそれでも問題はなかった。

そんな私が彼に会ったのは、毎日の日課になっていたウォーキングの最中だった。私が落とし物をして、それを既に遠く離れていた彼が拾ってくれて、早いペースで歩いている私を、息を切らせながら追いかけてきてくれたのだ。肩を叩かれて、ビクッとして振り返った私の目の前には、顔を赤くさせて、荒い息をついている彼の姿があった。

彼は黙って立っている私に向かって、自分の掌を広げ、私に向かって差し出した。そこにあったのは、私が持ち歩いているお気に入りのキーホルダーで、陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。
「落としましたよ。」
何とか息を調えて、こちらに向かって向けた優しい笑顔に、私は見とれてしまった。

私は、一目惚れしてしまった。彼のその笑顔に。

私はお礼と称して、彼をお茶に誘い、彼から個人的な情報を聞き出した。今から考えても、あの時の私としては、かなりの行動力だ。でも、ここで別れてしまったら、きっと二度と会えなくなることは分かっていたので、頑張った。私は、彼に不快な思いをさせないよう注意しながら、会う回数を少しずつ増やしていった。

彼は、正直言って異性慣れしていなかった。彼の周りに女性の姿はほぼなかった。職場も男性ばかりで、普段の生活は職場と自宅の往復。そのあたりは、私もほぼ変わらなかったが、私の職場も男性ばかりだったので、私の方がまだ耐性があったと言える。そして、私は仕事に、私情を挟むのが嫌いで、周りの環境もそれを望んでいたから、私は職場では女として見られていなかった。

私達の関係は順調に育まれていたが、一つ問題があるとすれば、私の趣味と彼の趣味が、全く合わなかったということ。
彼は、趣味で小説を書いていた。それをネットでも公開して、反響を得ているらしい。細々とではあるが、副業にもなっているらしい。全てが推測系となっているのは、私は全く彼の小説を読んだことがないからだ。

私は、そのような人の心を動かすものを生み出すことができる彼のことを、尊敬している。私には、とてもそんなことはできない。考えるなら、会社の売り上げのことを、サイトのアクセス数やPV数、それらをどのように上げていくかなどを考えていた方がいい。数字やデータは、事実をそのまま私たちに突き付けてくる。それらに嘘はない、裏切らない。推測や想像力は必要ない。

その尊敬の念は、彼に度々伝えているはずなのに、彼は自分の小説を読むように言ってくる。私には、彼の小説の良さは分からない。読んだところで、これらは全てまやかしだと、思ってしまうから。それらは彼が生み出した世界だけど、彼の感情や考えがそこにはっきりとあるわけでもない。手紙とは違うし。私にはそれらを頭の中に思い描くことができない。

小説を読むのを断る度に、彼はとても悲しそうな顔をする。
私は、彼を悲しませたいわけじゃない。でも、読んで、何も心に響かなかったと言ってしまったら、逆にすごくよかったと嘘の感想を口にしたら、私たちの関係は、その場で終わってしまうだろう。

やっぱり、彼の近くには、彼の小説を読み、その内容に共感できる人がいた方がいいんじゃないかな。私ではなく。
そう思いながらも、彼のことを好きになってしまった私は、離れることができない。彼がこんな私に愛想を尽かして、彼から別れようと言われない限り、私は彼の手を離すことができない。

「今日の夕飯はどうだった?」
「いつも美味しいよ。ありがとう。」
「今日は、楽しいことや嬉しいことはあった?」
「いつもと変わらない日々かな。でも、仕事の時に、お客様からお礼は言われた。」
「・・・疲れた顔しているね。ちょっと、横になったら?」
「そしたら、朝まで目が覚めないかもしれない。」

そう言いつつも、彼は私の膝を枕にして、その場に横になる。
私は、彼の柔らかな手触りのいい髪をすく。
「明日は、休みの日だから、気にしなくていいんじゃない?」
「でも、このまま寝てしまったら、君が辛いだろう?」
「・・・私は、この時間がずっと続けばいいと思ってる。」
お願いだから、私と離れるなんて言わないで。私には、貴方のように何かを生み出す力も何もないけれど。

彼は、髪をすいていた私の手を取って、音を立てずに口づけた。私は身を屈めて、彼の体の前にあったもう一つの手を取る。
全てを生み出す彼の手。
この手が私のことを離すことがないように。
私はその思いを込めて、寝息を立てだした彼の指に自分の指を絡めた。

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