【短編小説】泣かないで
また、この世界の夢を見ていると思ってしまった。
海沿いに建てられたテーマパークのようなところだ。
広大な駐車場、何棟も建てられたビル。それらはショッピングモールだったり、ホテルだったり、マンションだったりする。
現実世界で、このようなところに来た覚えはない。
なのに、頻繁にこの場所を夢に見る。
自分はここのホテルに泊まっていたり、マンションに住んでいたり、場合によっては、ここに隣接した一軒家にいたりする。
一軒家は、少し傾斜した場所に立っていて、一階は駐車スペースと、土間というか屋内の庭のような場所になっていて、園芸用品が置かれた収納も隣接している。数多くの植木鉢、水瓶も置かれ、水瓶の中ではメダカや金魚が泳いでいる。たぶん、自分自身はこの庭を管理や整備していないだろう。いや、しきれない。
二階は、個人の部屋や、風呂、キッチン、トイレなどがあるようだが、あまり滞在した覚えがない。三階はフロア全体がリビングになっていて、大抵そこには自分の家族がいることが多い。既に皆この世にはいないのだけれど。自分が彼らと会話できるのは、今となってはこの時だけだ。
テーマパークの中央には、水槽のような、海の一角のような、巨大な池があって、そこに海遊生物がたむろっている。水はとても澄んでいて、かなり奥まで見通せる。それでも奥の奥まで見えないから、かなり深いんだろう。一応、周囲をぐるっと柵が囲っていて、簡単に落ちないようにはなっている。
実際に落下事故があったことはないはずだ。
テーマパークだけあって、自分以外にも多くの人がいて、同じようにその池を見ていたり、思い思いの時間を過ごしているのだが、その中に自分の知り合いはいない。夢の中だから、一人くらい友だちがいてもいいと思うのだが、現れない。恥ずかしがって、身を隠しているのかもしれない。
自分はそのテーマパークの中で、迷っていることが多い。
実際は迷っていないのだが、目的地がないと言った方が正しいか。
とにかくたださ迷い歩いているのだ。自転車に乗っていたり、キックボードに乗っていることもあるのだが、どこかに向かって急いでいることはない。
途中、飲み食いしたり、本を読んだり、寝たりもするが、その後、自分はまた歩き出す。
少なくとも、自分はこの世界にいて、辛くなったり、悲しくなったりすることはない。また、楽しいとか嬉しいとか思うこともない。
常に穏やかで、常に退屈だ。
どうせ夢なんだから、もっと変わった出来事があればいいのに。
それは、私が始めて来た場所だった。
いい風が吹いている。空は青く、雲一筋流れることもない。
たぶん、これは夢なんだろう。私はそう思った。
何しろ、ここに来るまでどうしていたか、私は全く分からなかった。
ただ、心の中で、こんなところに来てみたいとは思っていた。
だから、私の心はドキドキして、苦しいほどだった。
自分の足で、その場所を隅から隅まで回ってみようと思ったのに、あまりにも広大すぎて、これは無理だと思った。まるでテーマパークのようだった。
自分の横をたくさんの人がすり抜けるのに、その中に見知った人はいなかった。
一人でいるのには、慣れている。でも、自分のこのワクワク感を誰かと分かち合いたいと思った。ただ、身の回りの人に声をかけるなんて、人見知りの気のある私には無理だ。せっかく、来てみたいと思ったところに来れたのに、さっきから無理無理ばかり呟いている。
かなり時間は経ったと思うのに、全然日が暮れなかった。
喉が渇いたので、近くに設置された自販機で、レモンティーのペットボトルを買った。私が持っていたバッグにお金や、ここで過ごすのに必要なテーマパスポートらしきものが入っていて、それを使うと、乗り物に乗ることも、食事を取ることも、泊まることも可能らしい。
ここまで都合がいいのは、やはりこの世界が夢だからだ。
テーマパークの中央には、水槽のような、海の一角のような、巨大な池があって、そこに海遊生物がたむろっていた。水はとても澄んでいて、かなり奥まで見通せる。それでも奥の奥まで見えないから、かなり深いんだろうと思われる。私は泳げないから、落ちたらきっと上がってこられずに、おぼれて死ぬだろう。
私は、池の柵に体を預けて、その池を飽きることなく見つめていた。水族館のようだった。私は水族館が好きだ。自分が一人なことを気にせずにいられる空間なのがいい。
夢は他の人と共有することができない。どうせなら、家族や友達と一緒に過ごしたい。池の中の生き物を指さして、あれやこれやと話して笑いあいたい。そこまで考えて、自分には家族も友達も、ろくにいないことに気づいてしまった。
私がここで泣いても、きっと誰も気づかないし、足を止めないだろう。
さすがに声を出したら、まったく関係のない他人でも、いい人は私に声をかけてしまうかもしれない。これが夢なら、そういう人物を作り出すことだって可能。
私は声を押し殺して泣いた。
散歩中の定番スポットでもあるテーマパーク中央の池で、ぼうっと時間をつぶしていると、自分からそう遠くないところで、泣いている人がいた。
声を出していないし、涙をぬぐいもしない。ずっと、池の方を向いているので、他の人は気づかないだろう。
自分がここにいて、初めての変化。
ためらいはなかった。ここは夢なんだから。
普段の自分なら、相手に声はかけないだろう。きっと、見て見ぬふりをして立ち去る。相手の知り合いなり、近くにいる人が、何かしら声をかけるだろうと思って。
自分がもし一人で泣いていたら、何と声をかけてほしいだろう。
ポケットからハンカチを取り出し、相手に差し出した。
相手が目の前に差し出されたハンカチに気づき、自分を見上げる。
「泣かないで。君は一人じゃない」
終
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