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【短編小説】白い道

真っ白な道が、目の前に伸びていた。
ほのかに発光しているように見えるのは気のせいか?

しゃがんで、道の真ん中に手を当ててみる。手の縁が白く浮き上がって見えた。手に触れる感覚は、土でも、砂利でも、砂でもない。コンクリートに近いけど、それよりはつるつるしていて、学校の廊下みたいだと思った。

その割には、どこにも汚れらしきものはなく、人が通ったかも怪しかった。
立ち上がって、周りを見渡してみたが、目に映るのは真っ暗な空間だった。真っ暗な空間の中、自分が立っている白い道がずっと続いている。
道の先がどうなっているのかは見えない。目に見える範囲に、自分以外の生き物らしきものもない。

自分はなぜここにいるのだろうか。
ここに来る前のことが思い出せない。
一番しっくりくるのは、自分が死んだのではないだろうかということ。
こんな場所、自分がいた世界にはなさそうだったから。

できれば、よくある異世界などでなければいいと思った。異世界転生・転移物は、よく読んでいたが、読めば読むほど、自分が実際に経験はしたくないと思った。あれは虚構の世界で、自分は外から眺めているだけでいいから、楽しいでのあって、実体験するとなったら、現実よりも大変だ。とはいえ、現実が嫌だから、異世界ものが流行るのかもしれない。

この場にいても仕方がないので、ひとまず前方に向かって歩き出す。自分が気に入っている歌を、口ずさんでみる。終わってしまったら、リピートして。所々、歌詞が曖昧なのは仕方ない。何度か繰り返して、その間歩く速度は落とさず、やや早めに。それでも、周りの景色は一向に変わらず、道の先に出口らしきものも見えない。

そんなことをずっと続けていたら、やっと目の前の景色に変化が起きた。
かなり先の道の真ん中に、黒い染みのようなものが見えた。遠くから見ると、汚れのようにしか見えないが、多分何かがあるのだろう。
自分の足が少し早くなる。

近づくと、それは道の真ん中で、こちらに背を向け座り込んでいる人の姿だと分かった。髪は長く、その体付きからして女性だろう。声をかけようかと口を開いて、喉がカラカラになっていることに気づいた。
思っていた以上に歩き疲れていたらしい。それとも初めての場所で少なからず緊張していたのだろうか。

だが、こちらから声をかける前に、相手が気づいて、その場に立ち上がり、こちらを振り返った。どこかで見た事のある人のような気もしたが、その名は頭の中に浮かばなかった。

「あなたはここに来たばかりですね?」

彼女はそう問いかけると、自分の顔をじっと見上げた。

「そうだけど。」
「ここに来て、どのくらい経ちましたか?」

そう問われて、思わず首を傾げてしまう。時計も何もないから、体感でしかないが。

「1時間くらい?」
「そうですか。私は1年くらいです。」

彼女は言って、自分の前方に続く白い道を指差す。

「ずっとずっと歩いてきましたが、他の人に会うのは初めてです。」
「・・歩いている間に、何か変わったことはあったの?」

彼女はかぶりを振る。

「いえ、あなたに会ったことが一番の変化です。」
「なぜ、ここに来たのか、覚えてる?」

その問いにも、彼女はかぶりを振る。

「まったく。ただ、ここに来て、することといえば歩くことくらい。」
「・・やっぱり、俺たち、死んだのかな?」

彼女は自分の体に手を当てる。着ているのは白の飾り気のないワンピースのようなものだった。自分も白のパジャマのようなものを着ている。

「ここに来てから、眠くもならないし、お腹もすかないですね。」
「地獄なのか、天国なのか。」
「天国ではないでしょう。ただ歩いているだけで、楽しいことは何もないですし。」
「地獄でもないんじゃない?」

「延々と歩き続ける地獄かもしれません。」
「生前、歩かなかった罰とか?」
「少なくとも、何かすべきことをしなかったのでしょうね。だから、ここにいるのかも。」
「だったら、俺たち以外にも、もっと仲間がいてもいいと思うけど。」

「いるけど、目に見えないだけなのか。このまま歩き続ければ会えるのか。」
「俺、そこまで歩くの好きじゃないんだけど。」
「私は好きですけど、もう少し景色に変化が欲しいです。」
「あのさ。ちょっと思ったんだけど。」

彼女は、自分を見上げながら、俺の言葉の続きを待っている。
俺は自分の後方の道を指差した。

「引き返さない?一緒に。」
「なぜですか?私は1年くらい、ずっと歩いてきたのに。」
「でも、ここに来て1時間くらいの俺に追いつかれてる。」

そう続けたら、彼女は思ってもないようなことを言われたかのように、その目を見開いた。

「何が理由かは分からないけど、先に進めないんじゃないかな。」
「だから、戻ろうと。」
「そう。よく見ると、こっちは白い道が途中で途切れているらしいし。」

前方の道は、果てしないほど遠くまで続いているように見えるが、後方の道は、途中でふつっと切れている。もしかしたら、自分が現れたのは、あの切れているところなんではないかと思った。だとすれば、前方に歩き出さずに直ぐに引き返せば、ここから抜け出せたのかもしれない。
ただ、それをしていたら、彼女には会えなかったが。

「君は、ここにいたい?」
「いえ、もういい加減、飽きました。」
「じゃあ、一緒に行こう。」
「はい。ご一緒します。」

自分が彼女に向かって手を伸ばすと、彼女はその手を取って、大切そうに握りしめた。


「本日からお世話になります。鹿倉と申します。」

自分がバイトしている本屋に、新人が入ってきた。緊張しているのか、表情が硬い。

「じゃあ、森住くん。いろいろ教えてあげて。」
「はい。わかりました。」

店長から、今回の新人の教育係になることは、聞かされていた。仕事内容を教える合間に、彼女個人のことをいろいろと聞き出す。

「鹿倉さん、同い年なんだ。」
「はい。」
「あれ?でも、学年は一つ下だよね?現役入学したって聞いたけど。」
「・・私、1年休学してたから。」

彼女は、そう言って、自分を見上げた。

「何か、聞いちゃいけないこと聞いた?」
「全然。1年くらい病院で寝てたの。そのまま死ぬんじゃないかって言われてたけど、復活。」
「・・死にかけたのは、俺も同じかも。」
「そうなの?」

彼女は思ってもないようなことを言われたかのように、その目を見開いた。

「交通事故で。まぁ、1年も寝てなかったけど。」
「でも、死ななくてよかったかも。」
「それは、当たり前・・。」
「森住さんに会えなかっただろうし。」

思わず彼女の顔を見つめると、彼女は自分の視線に耐えられず、目を伏せた。

「じゃあ、これからもよろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」

自分が彼女に向かって手を伸ばすと、彼女はその手を取って、大切そうに握りしめた。

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