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【短編小説】愛してると口にして。

私は、事あるごとに、彼に言った。

「愛してると言って。」
「私は愛してる。」

最初は照れて口にすることを躊躇っていた人が、今では平然と、私に向かって、答えるようになった。

「僕も愛してる。」
「君こそ、愛してると言ってほしい。」

あまりにもお互い口にし過ぎて、もはや挨拶のようになっている。
「愛してる」と口にしたら、ありがたみが無くなるとか、軽々しく言う言葉ではないと、反論する人もいるかもしれないし、そんな言葉恥ずかしくて言えないとか、言葉にしなくたって態度で示せばいいとか、人によって、いろいろなご意見があるだろうとは思う。

でも、言葉って不思議なところがあって、それを常に聞いていると、暗示のようなものがかかるのだ。つまり、『本当はもうそんなに愛していないのに、今もとても愛している』かのような錯覚が生じる。

私は、彼と付き合って、『この人のことが好きだ』『この人とずっと一緒にいたい』『離れたくない』と思ってからは、積極的に「愛してる」と口に出して伝えるようにしてきた。これは文字として見るのでは不十分で、ちゃんと口に出さないといけない。すると、相手だけでなく自分にも暗示がかかる。

『私は彼のことを今でも愛していて、彼も私のことを愛している。』

それって本当に彼のことを愛してるのかって言われそうだが、やっぱり、常に生活を共にしていると、『愛してる』という気持ちはそれなりに薄れていく。一緒に遊ぶとか、プレゼント交換するとか、抱きしめあうとか、体を重ねるとか、態度や行動で、愛を伝えあうことだって、できるだろうとは思う。

だけど、言葉の力って、それよりも強くて、しかも簡単。恥ずかしがってたら、もったいない。相手を離したくないなら、もっと愛を口にすべきだと思う。

「誕生日に欲しいもの、決まった?」
「・・・特に思いつかないな。」
「取り敢えず、外食しようか。」
「そうだね。普段は食べないような高価なものでも食べる?」
「お寿司とか、焼き肉とか?」
「天ぷらとか、すき焼きとか。」

私達は、言葉を区切って、視線を絡める。同時に笑みを浮かべあう。

「愛してる。」
「僕も愛してる。」
「一緒にいてくれて嬉しい。」
「ずっと一緒にいるよ。」

だから、貴方も、離したくない人がいるなら、口を開いて。
「愛してる」と。


夏の暑い日だった。
今日は花火大会があるおかげで、開催地、最寄駅の駅前はいつもより人が多い。人混みが嫌いな地元の人間としては、その様子を見るだけでうんざりする。

買い物帰りに、アイスを食べながら、距離を取ってその人混みを眺めていた。うんざりすると言っておきながら、自分がその中に入らず、距離を取って眺める分には、逆に興味深く思えるのが不思議だ。

昼過ぎだから、まだ花火大会の開催までは時間がある。それでも、浴衣を着た人がかなりの数いる。出店や買い物巡りでもするのだろうか。案外浴衣で来店したら割引するというサービスもありそうだ。結果、ここにお金を落としてくれることになるだから、喜ぶべきことなのかもしれない。

花火大会から記憶が繋がって、脳裏に浮かんだのは、元カノの姿だった。
もう、別れてから5年経つ。たぶん、今までで一番好きだと思えた人だった。

でも、付き合っていた当時の自分は、それが分かってなかった。彼女が「愛してる」と何度も口にしてくれたのに、自分が同じ言葉を返すことはほとんどなかった。彼女の言葉を信じることができなくて、相手を試すようなことを何度もした。別れる直前には、彼女はめったに笑わなくなったし、泣いてばかりだった。

そんな彼女がとびきりの笑顔を見せたのが、一緒に行った花火大会だった。
自分は人混みが嫌いだが、その時は彼女の誘いに珍しく乗って、足を運んだんだった。花火が一つ上がる度に、隣に立っている自分の腕を引いて、笑顔を見せてくれた。

別れてから5年経ち、その後付き合った人もいるが、今は一人だ。
なぜ自分は彼女にもっと「愛してる」と言わなかったんだろう。そしたら、今も彼女は自分の隣にいたんじゃないだろうか。あの笑顔を見せながら。

こちらに向かってくる男女に、視線を止める。
ともに浴衣のようなものは着ておらず、花火が上がる川の方に向かっていないので、今の彼らの目的は花火大会ではないのだろう。
楽しそうに話をしていて、近くにいたらその笑い声まで聞こえてきそうな様子だ。

女性の方が、自分に目を止めて、その場に立ち止まった。
立ち止まった相手の顔を見て、自分は持っていた食べかけのアイスを落としそうになった。そのまま視線を逸らせないでいると、女性がこちらに来ようかと躊躇う様子を見せた。自分が足を踏み出す前に、隣にいた男性が彼女の耳元で何事か囁き、女性は体の向きを戻す。

立ち去っていく彼女は、こちらに向かって、一瞬振り返り、優しい笑みを浮かべた。

それを見て、自分は今の立場を理解する。

彼女の背中に向かって、一言「愛してる」と呟いた。

この土日は、花火大会の開催が多いようです。見に行かれる方は楽しんできてください。熱中症にはお気をつけて。
このところ、残業続きで、投稿頻度少なくなっていて、申し訳ありません。note自体あまり開けてなくて。
過去作、読んで待っていていただけますと嬉しいです。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。