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【短編小説】せめて、声だけでも

意を決して発した言葉に、彼は浮かない顔を返した。

その表情を見て、自分の独りよがりだったかと、告白した事を後悔した。

私としては、それなりに好意を持ってもらえると思ってた。お互い理由があってという訳でもないのに、示し合わせて会って話を頻繁にしてたし、悩みを打ち明け合ったりとか、表面上の付き合いではなかったと思う。

少なくとも、私は彼と会うのは楽しかったし、できれば頻繁に言葉を交わしていたかった。別に言葉がなくても、側にいられるだけでよかった。
その為には、今までの友達の関係では、私には足りないと思った。いつ、「好きな人ができたよ」と打ち明けられないとも限らなかったし、その時、私は平然とした顔をしていられるとは思わなかった。

でも、そう思っていたのは、私だけだったんだと、彼の顔を見て思った。私が勝手に彼のことを好きになって、いつか彼と恋人になれると思っていただけだった。

「坂本、俺・・。」
「ごめんね。気にしないで。」

私は慌てて、今の告白を否定するかのように手を振ってみせた。そんなことをしても、一度口にした言葉は取り消せないと分かっているのに。

彼は、私に何て言っていいのか、ひたすら考え込んでいる風だった。口を開こうとしては、そのまま噤んでしまう。そこまで困らせるつもりはなかったのに、私の方が恐縮してしまう。

「私からお願いがあるの。」
「お願い?」
「私、事あるごとに山口君に励まされたり、慰められたりしてきたじゃない?だから、そういう励ましや慰めの声をいつでも聞けるように保存しておきたいの。」

そう言ったら、彼は不可解といった表情をしてみせた。

「そんなの、今まで通り電話なりなんなりして来れば、いつだって。」
「私は振られたんだよ。もうそんなことできないよ。」
「・・それは、もう俺たちは今まで通り一緒にはいられないってこと?」
「私が山口君を好きになってしまったから、もう友達には戻れない。」

私がはっきりと言い切ると、彼は寂しそうな顔をする。そんな顔しても、私は流されない。今までの心地いい関係を壊してでも、私は自分の気持ちを告白しようとして、それを実行した。元に戻ったら、私の告白自体なかったことになってしまう。

「そんな大げさな。別に今まで通り友達でいいじゃないか。」
「私が、嫌なの。」
「俺は別に気にしないし、坂本も今まで通り付き合ってくれれば。」
「・・私が、もうそれじゃダメなんだよ。」

彼は少し茶化すように私に言い募ったが、私の表情を見ると、彼の表情も真面目なものになった。ここで泣いてもよかったが、不思議と涙は出なかった。なぜだろう。まだ、彼と別れる実感が湧いてないのだろうか。

「・・それで、声を保存するって?」
「山口君に、ボイスレコーダーと吹き込んでほしい文言を書いたメモを渡す。」
「あぁ、取材とか会議とかで使うあれ?」
「今は手軽にネットで買えるから。」

彼は手元にあるブレンドを一口、口に含んだ。

「じゃあ、次はいつ会う?その時に渡してくれるんだろ?できれば早い方が。」
「山口君の家に送る。もう、会わない。」
「・・本当に?」
「うん、会うのはこれが最後にしよう。」

私は目を伏せた。これ以上ここにいると、泣き出してしまいそうだ。遅まきながら、私の心の中にじわじわと寂しさが侵食してくる。

「坂本、俺。」
「今までありがとう。山口君。」
「・・顔をあげてくれないか?」
「私、本当に山口君といて楽しかったから。もっと一緒にいたかったから告白したの。」
「・・・。」
「本当に今までありがとう。」

黙り込む彼の顔を、私は顔をあげて見ることができなかった。


私の元に、彼からボイスレコーダーが返ってきたのは、告白してから一ヶ月後のことだった。私が送ってからかなり日が経っていたので、もう戻ってこないかと思ってた。告白した日から、彼とは会ってないし、電話もしてない。SNSでの連絡のみだ。それでさえかなり簡潔なやり取りだ。

彼は会って手渡したいと何度も言ったし、事あるごとにもう一度会うことを望んだが、私はすべて断った。どんな顔して会っていいかわからないし、きっと会ったら、友達に戻ってもいいじゃないかと思ってしまいそうで怖かった。

ボイスレコーダーが届いた日の夜。
私は寝る前に、それを再生した。
聞こえてくるのは、私が渡した台詞のはず。

『・・美夜みや。俺の声は聞こえているか。』

冒頭から、彼に下の名前で呼ばれて、私の鼓動が速くなるのを感じる。彼が、私の名前を呼んだことは、今までの付き合いの中ではない。

『君がこれを聞く時には、俺はもう日本にはいない。実は、海外赴任が決まったんだ。この間会った時に話すつもりだったんだけど、告白されてそれに流されて話せなかった。』

私は軽く息を呑む。

『期間は少なくとも1年。もしかしたらそれ以上になるかもしれない。』

1年。長いと言えば長いし、短いと言えば短い。

『君の告白は嬉しかった。できれば、俺もそれに応えたかった。でも、1年も離れ離れになることが分かっているのに、そんなことは言えなかった。』

私は、近くにあったタオルを引き寄せる。

『さ・・美夜には、笑っていてほしいし、寂しい想いはしてほしくない。できればずっと俺の側にいてほしい。でも、自分がどうなるか分からないから、待っていてほしいとは言えない。』

「私も、ずっと一緒にいたいから、告白したんだよ。」

『俺も美夜のことが好きだ。』

「私も好き。」

『次に会うことを許してくれるなら、告白するから。』

「さっさと戻って来い。」

続く彼の告白を聞きながら、私は涙でぐしゃぐしゃになった顔に、タオルを当てた。

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