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1人目の客になるのを趣味にしてたらインスタのフォロワーが2人増えた話

 涌井慎です。趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。毎週水曜日は始発で大阪へ行くので午前4時にアラームを仕掛けているのですが、他の曜日は滅多なことではアラーム設定しません。

 今日は「滅多なこと」があります。朝7時30分にベーカリーがオープンするのです。今週水曜日にはプレオープンしているので、本当はそちらの1人目の客にもなりたかったのですが、水曜日はその時間、大阪にいるのでどうしようもありません。その分、今日の本オープンに賭けておりました。

 朝7時前、四条烏丸からお店のある柳馬場綾小路へ歩きますと、土曜日のこんな時間でも、もう街が起きているのを感じます。もちろん、今から向かうベーカリーではもっと早くから開店の準備をしているでしょうし、ラジオだって番組は始まっています。みんなそれぞれのサイクルで暮らしているのですから、1日24時間、街というのは起きているのだと思いますが、それでも5時くらいまでにはない息吹が7時前には感じられるのです。2年ほど前は真っ向から否定されていた私たちの暮らしの息吹がウイルスと付き合いながらではありますが、少しずつ戻ってきていることを実感します。

 柳馬場綾小路のあたりには、私が1人目の客になった「ハイライトカツサンド」もありますし、近くには、私が1人目の客になろうと開店前に並んでいたら無愛想なスタッフが出てきて「もう予約でいっぱいなんで」と告げられたお店もあります。この何年かのうちに随分景色が変わったものですが、変われば変わったで不思議といつのまにか街の景色に馴染むものです。いつまでも馴染まないお店はやがて廃れるものなのではないでしょうか。あの感じの悪いスタッフの店は残念ながらまだ廃れていません。私は根に持つタイプです。

 目当てのベーカリーはガラス張りで中の様子が外から見えます。花の種類はわかりませんが、ピンクや紫、クリーム色の鮮やかな花々が屋根に設えられており、日本酒の酒蔵の杉玉みたいにまん丸に纏められた花玉が紐で吊るされています。扉は閉まっておりますが、匂いまでは遮れるものではなく、あの焼き立ての香りが鼻を刺激します。開店が待ち遠しくなります。無事、1人目に店の前に待機してます。中ではスタッフの皆さんが忙しく動き回っております。生気に満ち満ちています。私の存在には既に気づいているはずですが、いないものとして扱われています。それはそれで構わないと思っています。オープン前の忙しい時間に開店前から「1人目の客」と書かれたTシャツを着て待機している客を相手にする暇はないでしょう。せめて内心面白いと思っていてくれたらいいのですが。

 開店15分ほど前に女性二人組が私の後ろに並びました。念のため30分前に来ておいてよかった。しばらくするとご近所に住んでいると思われるおばちゃんが近づいてきて女性二人組に話しかけます。親戚のおばちゃんかと見紛うほどに馴れ馴れしい。「ちょっと写真撮らせてな。昨日撮ろうと思ったんやけどそん時にはもう暗なっててうまいこと撮れんかったんよ」と言いながらスマホを店のほうへ向けるおばちゃん。

 「兄ちゃん、ちょっとどいてくれへんかな」と言われたので、どいている間にこの女性二人組に順番抜かしされたらどうするねんと思いながら後ろに下がる。パシャリと聞こえる。しばらく後ろに待機していると「兄ちゃん、もうええで」と言われる。二人組が笑っている。悪くない雰囲気だと思う。おばちゃんはまた二人組に話しかけています。「どっから来はったんや」「東京です」東京!!?それからもおばちゃんは、コロナのきつかった時は全然人がおらんかったけど最近は戻ってきてるとか、昔のこの辺の町並みのこととかを一通り話し終えると帰っていきました。買わへんのかい!

 「兄ちゃんもありがとうな」去り際におばちゃんが私にも声を掛けてくれたので、こういうの、悪くないなと思いました。2年ほど前は真っ向から否定されていた私たちの暮らしの息吹がウイルスと付き合いながらではありますが、少しずつ戻ってきていることを実感します。

 7時29分。「1分前なんでそろそろオープンしまーす」という声が聞こえました。私が待機している扉を開けにくるのかと思いきや、反対側にも扉があり、そっちを開けにいきました。私が並んでいたのは入口ではなく出口だったのです。入口と出口が別になっているとは思いもせず、私は慌てました。後ろの女性二人組のほうが本当の入口の近くにいるからです。しかしそんな心配は無用でした。女性二人組はダチョウ倶楽部のように私に向かって「どうぞどうぞ」をしてくれたので気持ちよく1人目の客として入店しました。どのパンも美味しそうでしたが予算には限りがあるので、「あんバター」と「スモークベーコンのエピ」を買い、レジで精算。最後までスタッフには「早くから並んていただきありがとうございます」とか「そのシャツ面白いですね」といった言葉はなく店を出ました。

 店の外観を撮っていると、なぜか急に私のなかに大胆さが芽生えてきまして、私のあとに出てきた二人組のうちの一人に声を掛けてみました。「私、オープンした店の1人目の客になるのを趣味にしていて、こんなTシャツも作ってるんですが、よければ写真撮ってもらえませんか」「そうなんですか!もちろん、いいですよ!」快く引き受けてくださり、写真を撮ってもらいました。礼を言って去ろうとすると「ちょっと待ってください!そういうの、あの子もめっちゃ好きなんで出てきたら話してください!」もう一人が出てきました。「ねえねえ、なんか、オープンした店の1人目の客になるのが趣味らしくって、ほら、このTシャツも作ってるんだって!」「うわ!めっちゃ面白い!インスタとかにあげてないんですか?」「あ、#1人目の客で出てくると思います」「あ!ほんと!出てきた!これも縁なのでフォローさせてもらいますね!」

 いい。実にいい雰囲気です。今日のためにこれを趣味にしてきたのかもしれない。

 10月22日(土)午前7時30分、柳馬場綾小路にオープンした2/7キッチンベーカリーの1人目の客は私です。

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