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短編小説『手抜きはじめ』

 テレビ番組はエンドロールが流れるでしょう。制作スタッフの名前も流れていくじゃないですか。あれが僕は時折、ものすごく羨ましくなるんですよね。別に僕の名前を世に送り出したいとか、そんな大それた思いは無いんですけど、ああやって可視化することで、達成感が味わえるというか。
 その点、ラジオは制作スタッフが表に出ないですからね。リスナーの皆さんもどんな人たちが制作しているんだろうと気になったりはしないんだろうか。
 番組宛に届くメッセージなんかにも「DJの◯◯さん、スタッフの皆さん、こんにちは」などと書かれていることがあるのだが、この時の「スタッフの皆さん」って何人くらいを想像して書いているんだろう。ひょっとしたら二十人くらいを想像しているんだろうか、それとも五人くらいだろうか、いまや、そんな大人数が携わっている番組は皆無に等しく、裏方は一人しかいない番組も珍しくはないし、なかには喋り手が裏方も担い、まったくのワンマンで進行している番組もある。
 そうして「少数精鋭」で番組ができあがっており、その精鋭たちは、精鋭であるがゆえに多くの番組を任されることになる。ラジオの世界は慢性的な人手不足に悩まされているため、精鋭たちは、ラジオ局各局で複数の番組を担当していたりする。A局で評判のよかった企画をB局に持っていき、どちらでも同じことをする、なんてことがやれてしまう。精鋭とはいえ、あまりにも番組を任されすぎると、そうやって手を抜きはじめ、そのうちに手抜きについて「この方が合理的だから」と正当化し出す。

 昨日、その精鋭のなかでも、手抜きをせずに耐えている先輩に連れていってもらった飲み屋は生ビールが抜群に美味かった。洗浄を怠らず、グラスの形や注ぎ方にまで気を配ったプロの仕業であった。細部に細やかな仕事が為されているからこそ品質は維持されるのだ。美味すぎるくらい美味いのに苦さ際立つ味だった。

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