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白い煙のアイスコーヒー

 高校時代、夏休みにもほとんど学校に通った。夏が終わると、すぐに文化祭があったからだ。私たち生徒会や文化祭実行委員会のメンバーは、夏休みが準備の追い込み期間になる。

 当時はまだ、炎天下で体を動かす運動部でさえ、「部活の途中で水を飲んではいけません」と顧問たちから厳しく指導されていた。いまから思えば、よく熱中症で死人が出なかったものだと思う。それとも、単に報じられなかっただけなのだろうか。いや、そもそも夏そのものが、ここまで暑くなかったような記憶がある。体感的にはこの数十年で、確実に温暖化は進んでいる。

 あの頃、学校にはエアコンなんてついていなかった。私たちは西日の差し込む狭い生徒会室で、黙々と準備を進めた。あまり窓を開け放つと、書類が舞ってしまうから、少しだけ開き、あとはおのおのうちわで涼をとる。運動部のようには禁じられていなかったので、みんなでお小遣いを出し合い、2リットル入りのコーラーや麦茶、スポーツ飲料を買った。あっという間にぬるくなった飲料を、紙コップでちびちび口にしながら、むせかえるような空気のなか、書類を書き、ガリ版印刷機を回した。

 黄昏時が過ぎ、夜がそろりと忍び寄ってくるころ、私たちはそろって学校を出る。前にも書いたが、「その日の作業が終わらなかったこと」を口実に、しばしば最寄り駅近くの喫茶店に立ち寄った。3軒あった喫茶店のうち、ある店では注文されたアイスコーヒーをドライアイスで演出していた。

 コーヒーと氷が入った背の高いコップの下半分を、金属製の器がぐるりと覆っている。汗をかいたコップと器のすき間から、もうもうと白い煙が吹き出すのだ。器には砕かれたドライアイスと水が入れてある。あっという間に反応を終え、ドライアイスはすべて二酸化炭素に変わってしまうのだけど、そんな演出はなんとも涼やかで、私は夏、決まってアイスコーヒーをオーダーした。

 業務用のエアコンで、店内は肌寒いほど冷えている。制服の上着を羽織って、文化祭の準備を続けた。仲間がいて、先輩や後輩がいて、そのなかには思いを寄せた相手もいる。喫茶店から立ち去る理由が一つもなく、いつも夜遅くまで帰宅せず、そのたびに両親に叱られた。懐かしい夏の思い出だ。

 今年の夏は、梅雨が明けたと思ったら、ずっと猛暑が続いている。各地で40度を超える気温が記録されているそうだ。おまけに感染症がちっともおさまらない。テレワークの合間にマスクをつけて近場に出ると、たちどころに全身から汗が噴き出し、息切れする。

 母校の後輩たちは、こんな日々をどうやって過ごしているのだろう。さすがに今どき、生徒会室にもエアコンが設置されているに違いない。とはいえ、そもそも今秋、文化祭は予定通りに開けるのだろうか。

 自宅の窓から夕暮れ時の空を眺める。ドライアイスを溶かしたような、白い雲が浮かんでいた。

 当たり前の日常が、早く戻ってこればいいな。ペットボトルのアイスコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。

#TenYearsAgo #喫茶店 #アイスコーヒー #文化祭


 

 

 

 

 

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