見出し画像

《UX小説》 「わたしのカメラ」になった日。

デザイナーの知人から紹介してもらったnoteの記事(内藤みかさんの「おばあさんとスマートスピーカーがお友達になった日。」)にとても感動したので、自分でもこんな記事を書いてみたいと思い、書きためている長編小説から一部を抜粋して発表してみることにしました。

プロダクトやサービスのUXUIシナリオは書く要素が多く、ユーザーペルソナ、歴史(背景)、利用状況、詳細の操作ステップとプロダクトの反応などちょっと考えただけでもこんなにあります。この記事は内容も素敵ですが、それらを上手く表現した文体が素晴らしいと思いました。


「わたしのカメラ」になった日。

アキコはどこにでもいるような都立高校生です。
でも図書館に通うような女の子ではありませんでした。

「みんなー、ジャンプの準備はいい?」「イチ、ニノ、サン」

カシャ

中学2年の時に買ってもらったスマホでずっと友達を撮ってきました。
なんでも記録し時々アプリで加工して遊びました。
アキコにとって写真は特別なものではなくコンビニのコピー機と同じくらい日常の一部でした。

アキコがまだ小さかった頃、お祖父ちゃんが使っているレンズが大きくて黒いカメラに憧れていました。
一度だけ持たせてもらったときに、昔から使っているものだと教えてくれました。
アキコの写真を撮ってくれる時は注文が多くて時間がかかってちょっと面倒くさかったけど、アキコにとってそれは特別な写真でした。
 
・・・

自然が好きなアキコは北海道の大学を目指していました。
都会しか知らない自分には、もっとたくさんのものを見る必要があると思っていたからです。
3年生の12月に合格の知らせを聞くことができ、そしてアキコは以前から密かに考えていた一眼カメラを始めることにしました。
「わたしに使いこなせるだろうか?」アキコはちょっと不安でしたが、買うカメラはもう決めていました。
フォトSNSで出会った不思議な雰囲気の写真に魅了され、それを撮影したカメラと同じものが欲しいと思っていたのです。

・・・

アキコがその写真に出会ったのは、友達に借りたファッション誌に紹介されていた「Succession(サクセション)」というアプリを眺めているときでした。
そのアプリを使うと写真の撮り方をたくさん知ることができると書いてあったのですぐに入れてみたのが始まりでした。


いつものSNSとは違ってユーザー同士は固定のアカウントという考え方が無く「Mode(モード)」と呼ばれる撮影モードを使って撮影し、アップロードするだけでそのModeのコミュニティに参加できる仕組みになっていました。
「なんかあっけなく入れちゃったけど、宝探しみたいでワクワクする」アキコはすぐに似たようなModeが紐づいていることに気付きました。
そしていつの間にか時間が経つのを忘れるほど夢中になって見て回っていました。

「ステキ!」思わず声をあげ1枚の写真で指が止まりました。
写真がどうやって撮られたのか知りたくてModeを読んだことで、カメラのことを知ることができました。

・・・

卒業式も終わり集中してアルバイトを入れたおかげで、合格祝いと合わせて13万円くらいが集まりました。
カメラはアプリからそのままネットショップで購入することもできましたが、はやり実際に手に持ってみてから買おうとクーポンが使える新宿のカメラ屋さんにいくことにしました。

「このカメラを見せてください」アキコはアプリの画面を見せながら店員に声をかけました。
店員は直ぐに商品の棚のところに案内し「このカメラですね。私も使っているんですよ」と言って、Modeにでていたマクロレンズを付けて渡してくれました。
「そのMode、素敵ですよね」店員は自分もそのレシピを使ったことがあると教えてくれました。
アキコは同じModeを知っている人と出会えたことに感動してしまいました。
「他にも使ってみたいModeがあるんです」アキコは思い切って店員にダウンロードしていたModeを全部見せました。
店員さんはMode写真を一通り見た後、棚から小さなレンズを出してくれました。
「45mmの明るいレンズです。もっと被写体に近づいて撮りたければ先程のマクロレンズがオススメなんだけど、お客様が好きな写真は大きくボケた背景を大きくとってその中に小さく被写体を置く感じにはこのレンズが最適だと思いますよ」と言って勧めてくれました。
アキコは気づいていませんでしたが、確かにそんな写真ばかり選んでいました。

アキコはレンズを付けてもらいファインダーを覗いてみました。それは今まで想像していたものとは全く違う世界でした。
まるで目の前の景色が映画の様に見えました。
「こ、これをください」アキコは思わず大きな声が出てしまいました。
結局カメラは憧れの写真家と同じ機種にしましたが、レンズは店員が薦めてくれたものを選びました。

・・・

アキコは帰り道の記憶がほとんど無いまま家にたどり着いていました。
靴をぬいで階段を急いで昇り自分の部屋に飛び込むと、小学校のころからずっと使っていたベッドの真ん中にカメラの箱を置きました。
それからゆっくりとカメラを取り出しました。3月の気温はまだ低く手の中に入れたカメラはすこし冷たく感じました。

カメラの電源を入れると、スマホとのペアリングの案内が表示され、背面の液晶に表示されたQRコードをスマホのアプリで読ませると、砂時計のアニメーションが一瞬でてから、カメラの画面に今までスマホでダウンロードしておいたModeが次々と表示されていきます。
その動きはまるで命が吹き込まれているようでした。アキコは「わたしのカメラ」と強く感じました。そしてカメラはもう冷たくはありませんでした。

・・・

カメラのファインダーを覗いたままアキコはベッドに仰向けになり、小学生のころからずっとアキコを見守ってくれた天井のライトにピントを合わせました。
これから新しい生活が始まる。いろいろなものを見て、いろいろな出会いがあるだろうと思い、また同時にこれまで一緒だったものたちを忘れないで居ようと思いました。
「ふー」息を吐き出し、そこからゆっくりとレンズのリングを動かすと光の輪が大きく滲み、そして今度は息を深く吸い込みながら逆方向にリングを回すと光の中からすっと蛍光灯の輪郭が浮かび上がってきました。
アキコは息を止めてシャッターを切りました。そしてなぜか涙が溢れてきて光がもう一度大きく滲みました。

・・・ 

北海道に引っ越したアキコは、日常に出会うさまざまなものにピントを合わせました。
文字通りアキコは一度ピントを合わせた後で大きくずらし、それからもう一度ピントを合わせてシャッターを切るのが好きでした。
そうやって「わたしのカメラ」になった日からずっと、たくさんの思い出をカメラと一緒に見てきたのです。

<おしまい>


この短編は「レッドピークス」(未発表作品)という2015年から2050年にわたってあるメーカーが全く違う姿へと生まれ変わるという長編小説から抜粋したものです。
デジカメUIの記関連事はこの小説をUXシナリオのベースとして書いています。こちらもいつか発表できたら良いなと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?