今の子育てと向き合うために、過去の自分と向き合う〜『アクティブリスニングでかなえる最高の子育て』を読んで〜
子育て本というよりも過去の自分を癒やすための本なのではないか
この本の「はじめに」を読んだ時、ふと頭をよぎったのはそんな思いでした。
私がモンテッソーリ教育と初めて出会ったのは、友人の島村華子さんが担任を務めるクラスを見学した時でした。今は研究者となりカナダの大学で教鞭を執る島村さん。
『モンテッソーリ教育・レッジョ・エミリア教育を知り尽くした オックスフォード児童発達学博士が語る 自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方』
『モンテッソーリ教育の研究者に学ぶ 子育てがぐっとラクになる「言葉がけ」のコツ』
に続く著書が2月に発売されました。今回はその本の感想です。
『アクティブリスニングでかなえる最高の子育て』
本書によると
さらに
とのこと。
これは気になりますよね!実際読んでみると、子育てに限らず、コミュニケーションに役立つことがたくさん書かれていました。
そして、もう一つ私が気なったこと、それは、過去の自分と向き合う、もっと言えば過去の自分を癒すための本かもしれないということ。
そう感じた理由は記事の後半で書きたいと思いますが、まずは親として子育てという視点で感じたことから書いていきます。
ひゃー!私は勝手にアドバイザー
この本にはいくつかのリスナータイプが紹介されています。
ふむふむと読み進めていく中で、私があまりにも自分に当てはまり過ぎて、ドキ!いやむしろ、当てはまり過ぎてドキを通り越して大笑いしてしまったタイプが
勝手にアドバイザーです。
子どものためと思って色々とアドバイスをしてしまうのがこのタイプ
会話例も掲載されています。
これ私、絶対言ったことあるー!今も似たようなこと言ってる自覚あるー!
華子はうちに監視カメラ入れてるのか?(なわけない!)
と思ってしまうほど、私のセリフそのまま。
勝手にアドバイザーの問題点は
「そそそそんなつもりなかったんです!」と言い訳したいところですが、言っていたのは事実です。
「不要なアドバイスをすることが本当に子どものためになっているのか、立ち止まって考える必要あり」とのお言葉。以後気をつけます!!
しかも!!これにトドメを刺すような出来事が起こったのです。
先日、この本の出版記念イベントがオンラインで開催されていたので視聴しました。
そこで島村さんが、
「私が一番いやなのは勝手にアドバイザー」
なんて言うものですから、
「えー???!!それ、アタシアタシ!!アタシだよー!」
と画面越しで届くはずもありせんが、思わず声に出してしまいました。
島村さんのおかげでモンテッソーリ教育に興味を持ち、それなりに一生懸命勉強してきたつもりでしたが、自分はまだまだ未熟者だなぁと思い知ることとなりました。
私が子育てで意識していることの一つに、親子と言っても別の人間というものがあります。
ついつい、身内だと、自分自身と混同してしまいがちですが(それは子どもに限ったことではないのかもしれません)、親子といえど、家族といえど、人と人。
相手の境界線に踏み込まないように気をつけよう!
子には子の人生がある。私の人生ではないから自分の思いを押し付けないように!
ということを意識しています。
にも関わらず、勝手にアドバイザーとして、子どもをコントロールしようとしていたなんて…
実はかなりショックでした…
でも気づかせてもらえてよかったなと思っています。
慢心せず、常に子育てのことを学びつづけていきたいです!
ちなみ本で紹介されているリスナータイプは全部で8つ
おざなりリスナー
決めつけリスナー
勝手にアドバイザー
教えたがりリスナー
お説教リスナー
おおげさリスナー
却下系リスナー
乗っ取りリスナー
偶然かもしれませんが、勝手にアドバイザーだけリスナーという言葉がついていないですね。もはや聴いてもいないということでしょうか…
あぁ反省…
みなさんもご自身がどのタイプに当てはまるか、ぜひ本で確認してみてくださいね。
どうしても話を聞けない時はどうする?
先ほどの出版記念オンラインイベントで面白いお話がありました。
もし、子どもが話しかけてきたときに、自分が話を聴けない状態の時はどうするのか。(たとえば、今どうしてもこの仕事のメールだけは送りたい時など)
という質問に対する島村さんの回答が、
その時には、きちんと「今は聴けない」と伝えてOKとのこと。
もちろん、その後、時間ができたら聴きにいくのを忘れずに!
まさにモンテソーリの自由と規律の考え方だなと思いながら聞いていました。
例:教室内で話すのはOK(=自由)でも他の子のお仕事を邪魔してはいけない(=規律)
今は聴ける状態にないことを示す具体的な方法として、島村さんが先生時代に実践していた方法が、手で「今は聴けない」という合図を出すこと。
これは私が彼女のクラスを見学した時、実際にやっているのを見て、とても印象に残っていることでもありました。
島村さんが他の生徒と話しているときに、別の子どもが近づいてきて、話しかけようとします。
島村さんが手で「今は聴けない」サインを出します。
するとその子どもは、怒るわけでもなく、がっかりするでもなく、ごく自然にスーッと離れていくのです。
島村さんは、今、話している子との会話が終わると、先ほど話しかけにきた子どもの元へ自ら話を聞きにいきます。
そんな光景を何度か目撃しました。
当時すごく驚いたので「あれ、すごいね」と本人に伝えた記憶があります。(私なら忘れちゃいそうとも思いました…)この時は、先生が後できちんと話を聞きに戻ってきてくれるという信頼感から成り立つものだと思っていたのですが、今回さらに深い経緯や意味まで聞くことができました。
いきなり手でサインだしても子どもたちにその意図は伝わりません。なので何度も何度もロールプレイをしたとのこと。
そして、この手を出した時は、「今は話を聴けないけれど、あなたのことを大好きだよ」という意味があるということを丁寧に伝えたそうです。この手には「大好きだよ」と書かれているのだと。
そうです!大切なのは、この「あなたのことを大好きだよ」というメッセージ。
先生は戻ってきてくれるという信頼感はもちろんですが、この大好きだよというLOVEメッセージが伝わっているからこそ子どもたちが穏やかに、その場から離れていったのだなととても納得しました。
アクティブリスニング、大切なのはわかったけど、常にしなければと思うと、疲れてしまうかもしれません。私たち大人だって人間です。聖徳太子ならいざ知らず、常に子どものいうことに耳を傾けるのは現実的ではないですよね。
そんな時、わかりあえる合図があると、大人も子どもも、嫌な思いをせずにコミュニケ−ションがとれそうだなと感じました。
では、本のお話に戻りましょう!
過去の自分を癒やす?
さてさて、この本を読んだ私が一番伝えたかったこと、それは過去の自分を癒すための本ではないかということ。
「はじめに」では著者と親との関係が書かれています。衣食住に困らず幸せに育ってきたものの、親に自分の意見を聞いてもらえなかった経験からいつしか、「どうせわかってもらえない」と自分の気持ちに蓋をするようになってしまったそうです。親に限らず先生などを含めた大人との関わりの中で似たような経験をしたことがある方は多いのではないでしょうか。
うまく言葉にできませんが、大きな事件や出来事なく過ごしてきたら、まさか自分の心に傷があるなんて思うことはないかもしれません。でも、今の自己肯定感の低さや他人にうまく心を開けなかったり、自分の意見を押し込めてしまったりするクセや習慣。それはもしかしたら、過去の大人たちとのコミュニケーションに原因があるのかもしれません。
ただ、著者も述べていますが、これは決して大人が悪いのではなく、当時の大人が知らなかっただけの話です。「当時の」と書きましたが、私もこの本を読むまで知らなかったので、読んでいなければ同じ轍を踏んでしまっていたかもしれません。
大切なのは今!今、私たちはどうするのか?せっかくこうして研究や論文で、色々なことがわかってきた現在、同じことを繰り返すのは、とてももったいないと思います。
まずは、過去の自分と向き合って、
あの時どうしてほしかったのか?を考えること
例えば、決めつけないでほしかった、ただ聞いてほしかった、こっちを向いてほしかったなど何でもいいと思います。昔の自分が欲していたことがなんだったのかを一度振り返り、心に残っている小さな傷口をふさいでみてはいかがでしょうか。
そうして過去と向き合うことで、自分の子どもとも向き合えるような気がします。今度は自分が大人側の立場として、子どもに対して、アクティブリスニングをすること、つまり自分の偏見や価値観を押し付けずに、子どもをそのままを受け入れること、それが今私たち大人にできることなのだと思います。
具体的な方法については、こちらの本で!ぜひお手に取ってみてください!
(売れても私には1円も入りません。純粋にオススメです。)
この本について別の切り口で紹介しています。こちらもよろしければぜひ!
(8:38頃〜チャプター設定しているのでジャンプできます。)
モンテッソーリ教育の自由と規律についてはこちらの記事でまとめたことがあるのでご興味ある方はどうぞ!
お読みいただきありがとうございました。
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