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残らなかったものは、初めからなかったものなのか?(映画「街の上で」評)

先日、TwitterのSpace(Clubhouseみたいなやつです)で大好きな映画「街の上で」が語られているのを聞き、自分の中でも熱が再燃したのでちょっと感想を改めて。ちなみにネタバレ全開ですので、その点ご承知おきください。

残らなかったものは、初めからなかったものなのか?

この映画はキャッチでも書かれているとおり「誰も見ることはできないけど 確かにここに存在してる」ことをテーマにしています。それは言い換えると「残らなかったものは、初めからなかったものなのか?」ということで、それは実際に物語の中でも描かれている「撮影したけど使われなかったシーン」であったり「死んでしまった好きだった人」であったり「自分からヒドい振り方をしてしまった元カレ」だったりします。

ただ、一番大きいのは「街」で。それはもちろんこの映画の舞台である「下北沢という街」。


元々この映画は「下北沢映画祭」のために作られ、プロデューサーの方も「(再開発される前の)今の下北沢を残しておきたい」というような意図があったそうです。

曽我部恵一さんがオーナーの最高すぎるカフェCity Country Cityで青がマスターに話す「街もすごくないすか?変わってもなくなっても…あったってことは事実だから…」というセリフは、この映画の一番のキーフレーズ。下北沢という街が、小田急線路の地下化で大きく変貌を遂げる直前にオール下北沢ロケで撮影されたこの作品は「あの下北沢」を遺した最後の映像作品の1つでもあるわけです。


僕は98年に高校三年生で初めて下北沢を訪れて、それ以来この街に惚れています。音楽も小劇場もファッションもカレーもコーヒーも好きな僕にとって夢のような、一時的でもこの街の一員でいれることがとても誇らしく思えるようなそんな街。

もちろん映画に登場する実在の場所、古着屋ヒッコリーも古書ビビビも珉亭も白鳥座の看板もまだあるんですよ(行ったことない方はぜひ行ってみてください)。

でも「あの下北沢」ではないんです。

ただ、それを僕が悲劇的に捉えているかというとそうでもなくて。だって、街は変わっていくものだし、ずっと同じを強いるのはさすがに無理だとも思うんですよね。今の変わった後の下北沢のことも大好きですし。

でも、映画というアートフォームの中で変わらないことを願い、それを遺そうとする想いみたいなものは本当にステキだなと思うんです。映画の最終盤で、青の出演シーンが全カットされていたことに怒った田辺さんが高橋監督につっかかるシーンがあります。あれは「あの下北沢」がなかったことにされる(んじゃないか)という想いの代弁のような気がしたんですよね。

それに対して高橋監督ははっきりと「映画とはそういうものだ」と言い切り、城定イハは「(全カットの理由は)下手だったから」と追い打ちをかける。変わっていくことは仕方がないんだよという、とても大人な、一見冷たいメッセージのようにも感じるけれど、実際はその後(打ち上げにも出ずに)ヒッコリーを訪れた城定イハは青に「あのシーン、カットされてませんでしたよ」と嘘をつくわけです。

下北沢という街が変ってしまうことは動かぬ事実ではあるけれど、それでも「変わってなかったよ」と敢えて言ってくれているような。

僕は、映画(を含むすべてのアート)はステキな嘘だと思っているんですが、まさにこのシーンでの城定イハはこれでもかというくらいの「ステキな嘘」を言ってくれていて。それは青を励ますのみにとどまらず、下北沢という街とその街を愛するすべての人たちに対してのメッセージの様にも聞こえたんです。この映画に遺された下北沢が、誰も見ることはできないけど 確かにここに存在してるんだという宣言のような。

日常の延長としての、いたさない夜

もう1点語りたいこととして、青と城定イハが過ごす一晩について。これまで(少なくとも僕が見た映画においては)ああいう若い男女が一つ屋根の下で一晩を過ごすと<いたす>のが定石で、そこに僕はすごく違和感があったんですよね。

純情ぶるつもりはありませんが、別にそうならなきゃなわけではないと思うし、そうならない時だってたくさんあると思うんです。実際僕もありますよ、20代前半で女性と二人でそういうことなかった夜。でも、フィクションの世界ではそういう風にはほとんどならなくて。意気地なしみたいなこと言われたり。あってもそれは「純愛もの」みたいな、ある種特殊な人の特殊な行為として描かれていた気がするんです。

でも「街の上で」ではそうじゃない。日常の延長にあるようなストーリーにおいて、ああなる。青も城定イハもとてつもなく魅力的で、でも普通で。

それがとても心地よくて、心の中でガッツポーズしたんですよね。改めて、脚本の大橋さんと今泉監督に「このパターン描いてくれてありがとう!」ってお伝えしたいなと思います(一方で「イハの<おはよう>はいたした後の<おはよう>だ」と主張する友人もおりました笑)。


青みたいな人が生きる街、下北沢


あんなお人よしとしかいいようがない青みたいな人は、現実世界ではなかなかいないですし、いても生きていくの大変だと思うんです。

それでもああいう人がああいう風に暮らす街、下北沢がそんな街であってほしい。大きな開発で変わってしまっても、これからもそうあってほしい。そんな願いのようなものが詰まったステキな映画が「街の上で」です。

ネタバレ全開レビュー書いといてあれですが、見てない方ぜひ見てみてください。

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