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「仕方のない事」は、実は、‶仕方ない”で済まされない事である(1)

職場での色々な出来事について、当事者の口から「仕方のない事」という言葉が出ることがあります。しかし、その中には、その人にとって、実は‶仕方ない”では済まされない事柄が含まれていることがあります。今回と次回の2回にわたって、そのことについて考えてみたいと思います。

1.対人能力トレーニングでよく耳にした言葉:「仕方のない事」


 私は、研修企業で、働きやすい職場づくりのための対人能力トレーニングを担当していましたが、その中に、10人前後の方を対象に、お一人おひとりの事情をよくお聴きしながら進めるタイプのトレーニングがありました。
 それは仕事上で特に難しい場面に遭遇しやすい(と想定される)方を対象としたトレーニングで、具体的には、次のような方を対象としたものがありました。

*職場の役職者であったけれども役職定年を迎えて、一般社員として
 働いている方

*人事考課を部下にフィードバックすることに大きな困難を感じている
 マネジャーの方

*オーナー経営の小規模企業で二代目社長になられる方

 このタイプのトレーニングでは、お一人おひとりの課題を明確にして、それに適したトレーニングを行いました。
 といっても、マン・トゥー・マンのコーチングではありませんから、基本的なトレーニング方法は全員に共通のものを用いつつ、お一人おひとりに合わせて修正を加えて進めたのです。
 洋服に例えると、フル・オーダー・メイドまではいかないが、既製品をそのまま着ていただくわけでもない、イージー・オーダーのイメージです。

 課題を明確にするために、初めに、お一人ひとりから、仕事の状況と仕事に対する思い・考えをうかがうのですが、その場面で、頻繁に耳にする言葉がありました。それが、「仕方のない事」という言葉です。

 たとえば、このような感じです。

《役職定年された方の場合》
私の後を継いだ役職者のやり方を見ていると、気になる点や、もっとこうした方が良いのにと言ってやりたい場面があります。ですが、私は、それを決して口にしないようにしています。言いたいことを我慢しているのは窮屈ですが、向こうは、先輩から口出しされては仕事がしにくいでしょうから、仕方のない事です。

《人事考課のフィードバックに悩むマネジャーの場合》
私はその部下の力を買っていたから難しい仕事を担当してもらい、彼も期待に応えて成果を出してくれたのです。私は一次考課のフィードバック面接で、彼の今回の頑張りを高く評価していると伝えたのです。ところが、人事考課が出てみると、前年並みの結果に留まっていました。それを決定考課のフィ―ドバック面接で伝えなければいけないのは、辛いことです。まぁ、会社の制度がそうなっているのだから、仕方のない事ですけど。

  注:このお客様企業では、一次考課では直属上司がそれぞれの部下を  
    他の部下とは比較せずに絶対評価していましたが、上位の管理者に
    よる二次考課を経て人事部による調整を加味した決定考課へと進む
    につれて、部下同士を比較する相対評価の比重が重くなる制度に
    なっていました。ですから、部下がどんなに頑張っても、周りも
    同じかそれ以上に頑張っていたら人事考課は上がらない場合が
    あったのです。

《オーナー企業の二代目社長になられる方》
専務になってからは、父は私の考えで進めてよいと言ってくれて、父が私の案に難色を示すことは滅多にないのですが、父の代からの管理職の人たちは、私の案に渋い顔をすることが多いのです。そうすると、父も、私にもう一度考え直したらどうかと言ってきます。会社がこれまで成功してきたのは、父だけでなく古手の管理職の人たちのおかげてもあるので、気を遣うのは仕方のない事ですが……


2.「仕方のない事」とひと言でいっても、《‶仕方ない”で済ませられる程度》には幅がある


 トレーニング参加者の方は、ご自分の思いどおりにならない事を「仕方のない事」とおっしゃいます。

 ところで、私たちが、何かについて「仕方のない事」と言うとき、そこには二通りのケースがあるのではないでしょうか?

【第一のケース】
「仕方ないなぁ、チェッ」と言って他のことを始めたところ、いつの間にか他のことに集中して「仕方のない事」を忘れてしまっている自分に気づく。

【第二のケース】
「仕方ないなぁ、チェッ」と言って他のことを始めたが、「仕方のない事」がずっと心に引っかかって、他のことに集中できない

 今、二つのケースを挙げましたが、現実には、この二つに綺麗に分れるわけではなく、両者の中間に色々なケースがあると思います。
 「仕方のない事」がずっと引っかかり続ける場合はそれほど多くはなくて、”時々思い出され、思い出した時は気持ちが暗くなったり沈んだりする”という場合が多いかもしれません。思い出す頻度にも、さまざまなバリエーションがあると考えます。
 
 つまり、「仕方のない事」とひと言でいっても、《‶仕方ない”で済ませられる程度》には幅があると考えるのです。


3.トレーニング参加者の「仕方のない事」の《‶仕方ない”で済ませられる程度》はどうだったか?


 《‶仕方ない”で済ませられる程度》に幅があることが頭にあったので、私は、トレーニングの参加者が「仕方のない事」とおっしゃった時は、そのまま聞き流してしまわず話を引っ張ることにしていました。
 「職場では、立場・持ち場で色々と思うところがありますから」、「人事制度というのは、なかなか難しいものですね」、「これまでの功績は無視できないですね」などと返して、その件について参加者の方がさらに触れるかどうか、様子を見たのです。

 すると、ほとんどの場合、参加者の方は「仕方のない事とは思うのですが……でも」という形で、実は《‶仕方ない”と言って済ませられずにいる気持》をお話しになったのです。

《役職定年された方の場合》
でも、単に、私と後任者のスタイルの違いというだけでなく、仕事の本質にかかわる気がすることについては、本当は、言いたいのです。ただ、他の部下たちの目があると思うと言いにくいし、人の目がない所に誘って意見を伝えるのも却ってカドが立つような気がして、結局言えないのです。長年、一緒に働いてきた仲間なのだから、たまには向こうから意見を求めてくれてもいいのにと、思うこともあります。

《人事考課のフィードバックに悩むマネジャーの場合》
でも、
本当は、人事考課の仕組みがこうなっているから、部下と私の間で納得し合ったことがそのまま結果につながらないこともあると説明をしたいのです。ですが、相対評価の仕方は、私たち一次考課者には知らされていないから説明できないのです。いえ、たとえ知っていたとしても、言い方を誤ると私が言い訳していると思われそうで、言えないような気がします。

《オーナー企業の二代目社長になられる方》
でも、
父と古手の管理職たちが活躍していた時代と今では、環境が違うと思うのです。だから、父も私に任せると言ってくれているはずなのです。そこのところを、古手の管理職の人たちにも分かって欲しいし、父も、私に任せると言った以上、もっと私を支えてくれてもいいのではないかと思うときがあります。

 さらにお話をうかがっていくと、こうした《‶仕方ない”と言って済ませられずにいる気持》が心の底に滓(おり)のように溜まっていて、それがその方を息苦しくしていることが明かされることもありました。

 役職定年された方たちは、つねに「言いたい・でも言えない」という気持ちを抱えて仕事をしていらっしゃる。車通勤でなかったら、毎日、居酒屋に寄り道してしまいそうだなどとおっしゃる方もいました。

 人事考課のフィードバックに悩むマネジャーの中には、定期的なフィードバックの時だけでなく、ふだん、その部下に仕事を与えるときから迷ってしまうとおっしゃる方がいました。この仕事に挑戦させて、彼が報われるだろうかと考えてしまうというのです。

 二代目社長になられる方の間では、新しい企画を打ち出すときだけでなく、ふだんから古手の管理職の人たちが自分を見る目が気になってしまうとおっしゃる方が何人もいらっしゃいました。

 
 それほどご自身の仕事に暗い影を投げている重大な事柄でありながら、なぜ、「仕方のない事」と言ってしまうのか? そこを掘り下げていくと、私たちが仕事上の問題に向き合う場合に理解しておかなければならない心の事情と是非取り組んでいきたい課題とが、見えてきます。次回は、その話をします。

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

「仕方のない事」は、実は、‶仕方ない”で済まされない事である(1)
〈おわり〉

次回はこちら:

 

 



 






 
 


 

 






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