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【読書感想】ポストコロナのSF

2021年4月現在、いまだ終わりの見えない新型コロナウイルスのパンデミックにより、人類社会は決定的な変容を迫られた。この先に待ち受けているのは、ワクチンの普及による収束か、あるいはウイルスとの苛酷な共存か。それにより人類の種属意識はどう変わるのか――まさに新型コロナウイルス禍の最中にある19名の作家の想像力が、ポストコロナの世界を描く19篇。日本SF作家クラブ編による、書き下ろしSFアンソロジー。

2021年に日本SF作家クラブ・編で刊行された『ポストコロナのSF』を読んだ。末尾に「SF大賞の夜」というコロナ状況で授賞式を中止するかどうするかみたいな20年春のバタバタが楽屋オチで振り返られておりそこまで読めばすっかりSFクラブのインサイダーになったつもりになれます。

▷黄金の図書/小川哲
『ゲームの王国』『ユートロニカのこちら側』いずれも骨太のテーマながら軽妙な語り口で好きな作家です。
海外渡航が出来なくなって、古書密輸商人が干上がる話。アンソロジーの冒頭に載せられているのは、一番SFっぽくなくて、淡々とした日常がコロナに侵食されていく書き方がスタート台に相応しいからかな。
中毒性のない薬物による世界平和への不信感は、コロナという人類共通体験が混沌をもたらしたことの表現とか解釈してました。 

▷オンライン福男/柴田勝家
『ヒト夜の永い夢』で南方熊楠と粘菌をモチーフにした意欲作をものした濃厚キャラの作家。『ニルヤの島』はちょっと分かりにくかったが、短編集の『アメリカン・ブッダ』はまずまず。本作は癖のある文体を封印してネット記事風にまとめてあり、オチも面白かった。
十日戎の福男レースがオンライン開催され、いかに魔進化していくかを想像する。身体的制約からの解放による女性の上昇や、人間の知覚範囲の限界、離れることを余儀なくされた時代に同じゴールを目指す体験の貴重さなどに説得力があった。 

▷粘膜の接触について/津久井五月
『コルヌトピア』は表紙がキャッチーだが内容は真面目なヒトが書いたんだろうなという印象の不思議な本でした。
まず「摩擦の行進=ラブパレード」でクスッとしてから、感染症拡大を阻止するのはコンドームを拡張させたような全身スキンで、それが知覚や情報伝達の役割までも持った時代の若者たちが接触の歓びを謳歌する。
反対に旧世代の大人たちは「過疎化したSNSに張り付いて」「接触への渇望を馬鹿にする」といったコロナ後世代との断絶の予想が面白かった。

▷木星風邪(ジョヴィアンフルウ)/藤井太洋
理系な人々のオシャレな話だった。コンピューターウイルスがインプラント器官に悪影響を与える時代、行動追跡などの生ウイルス対策のプロトコルを用いて拡大抑止を図るという描写が、コロナを教訓にすべきとの訓戒となっている。

▷オネストマスク/伊野隆之
感情を表情にして表示するマスクが、録画できるミーティングにおいて不適切な表情を記録し、雇用が危うくなる話。補聴器のように"足りないものを補う"発想。企業は表情を知りたがり、個人は表情を隠したがる、その双方にデバイスを売りつける武器商人。まとまり良い。

▷透明な街のゲーム/高山羽根子
『暗闇とレンズ』では監視カメラをフェティッシュに描写しており、監視社会に感度が高い作家と見える。本作は人の居なくなった都市をインスタ映えの舞台として消費する現実を、リアリティショーにした話。そこに命を一日ずつ繋ぐ水色の錠剤を併走させる。
人々は山奥の発電所の廃墟より、自分が行かないことで残骸になった廃遊園地の方が好きという指摘。無人の寒村より、無人の都市に倒錯した関心を得るのは、群衆が景色に一体化しているためだという分析である。
ここからコロナ禍は群衆を透明化した、と論を進めるのだが、そこでミエヴェルの『都市と都市』のように都市内部における不可視性・透明性はコロナ禍以前から元来あって、それが皮肉にも"可視化"された、という進め方ではなく、そこで止まっているのが少し残念。
とはいえ、良いリアリティショーとは始まりと終わりがグラデーションになっているもの、という指摘は、異なる個人の生や生活が観測者にとって透明と非透明の曖昧な境界に存在していることの示唆にもなっている。

▷献身者たち/柞刈湯葉
面白かった。タイトルがちょっともったいないな。
『横浜駅SF』のように連想ゲームのエンジニアミステリが得意な作者だと思っていたら、理系への敬意はそのまま、先進国と発展途上国との感染症対策の不公平をテーマに、国境なき医師団の主人公が"自己犠牲"に立脚するのではなく従事者にとって持続可能な社会貢献を願う話は、現下の医療従事者に対する奉仕搾取への哀歌と読めて、引き出しの多彩な作家だった。
コロナ制圧後に巨大なRNA生産体制を遊ばせない需要創出が企図されてオーダーメイドの癌治療が発展したとか、低温保存が必要なワクチンは電力供給の不安定な途上国に適さず、医療施設ごとのワクチンプリンターによる小規模生産へと舵を切っていくとか、医学的近未来は興味深く吸収しました。
適切な拡大防止オペレーションをとれない国が国際渡航網から遮断され、それはもはや移民排除という人権の視点による抑制を望むべくもなくなる。政治・統治の不全が人権や実存を毀損するイメージは、どの国家に生まれたかガチャが先鋭化するという危機感であり、その最先端に医療従事者が接している。

▷書物は歌う/立原透耶
平均寿命が三十代前半になったポストコロナの世界、人間の騒音によって潜在力を発揮できなかった図書館や本屋が中に人間を招き入れ、本を読む力を動力にして移動する。食料のある場所まで図書館が動いてくれてひたすら本を読んで暮らす崩壊後世界ならそれもいいかも。

▷空の幽契/飛浩隆
感染症に対抗するため陸の猪人と空の鳥人に遺伝子操作して分派した新人類、という物語の作者が死に向かう中で完結を目指してAIとケアチームが刺激を与える話。二つの世界を繋ぐモチーフと、古い人に忘れ去られそうな物語が、新しい人に熱を持って受け継がれる姿。

▷カタル、ハナル、キユ/津原泰水
奥地少数民族の伝統音楽。イメージはヒマラヤだが、ムックリが流れるアイヌコタンの暑い独りの空間を思い出した。感染症が種や共同体を外敵から保護しているイメージ。物理的遮断が文化的多様性を深める可能性も示唆する。

▷熱夏にもわたしたちは/若木未生
 三つ子の魂百までで「よそのひとにさわっちゃだめ」と育てられ《接触忌避》となった少女たちがバリア水に浸されたお風呂で恋の熱を知る話。甘酸っぱくておっさんは溶けた。
子どもの認識の変化は、すでにお店屋さんごっこで「かんせんしょうたいさく」というワードが出現する程らしいのだが、前世代の体験を剥奪され、または別種の体験を与えられているという両方向があると考えられる。

▷仮面葬/林譲治
10万人以下の死者なら日常経済活動を抑制しない管理パンデミック社会で、相変わらず少数の不正のお陰で使いづらくなる制度の狭間に落ち、苛めにより逃げ出した郷里で葬儀代行参加アルバイトに参加したら、死んでいたのは苛め主犯の地元封建社会の雄だった話。
葬儀がイベント化され地方にとって重要な収入源になっている点、地方経済全体は疲弊してもピストン効果によって一部の有力者に富が集中する構造、未だ残る閉鎖的田舎の"大人の苛め"などが、技術革新と社会通念の両者を睨みながら予測的に描かれている。

▷砂場/菅浩江
この作品も子どもが登場。感染症に罹る罹らない、無害有害、治療法のありなしといった絶え間ない二択に翻弄される親に着目している。42種混合ワクチンで薬漬けになる子ども、母親は汚いものを押しつけられる存在だと視野狭窄する親、身体全体を覆うカバーとその見た目による差別、そして後半、光学感染、実際にまたは映像を見ることにより感染する、瞳が灰色になる病気がデジタル社会にまた新しいパンデミックを引き起こし、ようやく空気飛沫経口感染をコントロールするに至った社会に再び恐慌をもたらすいたちごっこが示唆され、清潔で無謬であることへの強迫観念が揺るがされる。

▷愛しのダイアナ/長谷敏司
これは泣く。オススメです。
コピー可能な大人のデータ人格と、複雑化するほどに強くデータを汚染する感染症に対抗するために生み出された子ども人格データ。デスゲームによるコピー人格の自己毀損と、開発部門がフィルター工場労働で貧困層に汚染を強いる他律的毀損の両面を書く。
p369「経済を回さないと、税収が落ち込んで感染対策の原資もなくなる」「価値を生み出し続けるわれわれの事業計画を縛る方が、よほど公共の利益に反している」「人権を度外視した話が、ビジネスの現場で飛び交うのは、人格データが、生物だった頃よりも扱いやすいせいだ。」
一方子どもの人格データは大人たちの秩序に反抗し、リスクテイクという青春の挑戦を選ぶ。
p380〜381「自由が制限されて特別な時代を棒に振るという犠牲を受け入れてもらった若者に対して、代償を与えられてもいない」「子どもたちのルールでの、これが正しい手続きだと、わかってしまった」「社会から意味を背負わされているのに、自分たちのやりたいことは危険なものと抑圧されているから、ダイアナたちは決起したのだ」
そして親データに子どもデータを作ろうと決めた時の気持ちを分析的に振り返らせる。「夫婦で積み上げてきたものを、引き継ぐためだけではなかった。」「新しい世界が、生まれるように思えたのだ。」
データ人格がモノのように消費される前半と対比的に、環境も教育も未来の展望も暗い世界に漕ぎ出す次の世代への愛しさが伝わってくる。

▷ドストピア/天沢時生
これは笑う。けど段々と乾いた笑いになってくる。
感染症が変えた「興行」の今後の予見をスタート台に、益々同質で清潔であることを求める社会がヤクザを宇宙の僻地に追放し、さらに自主警察的に迫害する様子を書く。迫害される側をマンガに憧れ格闘スポーツに注力する、任侠映画のようなデフォルメされた愛らしさを付与することによって迫害の描写を先鋭化しているのだが、そこに至る悪辣が捨象されていることには注意が必要。
とはいえ「私たちはポリコレのためなら殺しも辞さない」「ヤクザのシノギを邪魔だてするためならヤクの合法化さえも断行する」カタギ社会の度を越した対応を、誰もがイメージできるお笑い芸人の軽薄なノリで象徴させることで、他者の迫害を消費するグロテスクが際立つ。
ラストの語り口は分からんがなんか元ネタあるのかな。ここから始まる映画のオープニングを観たような興奮があった。

▷後香 Retronasal scape./吉上亮
感染症の後遺症による嗅覚喪失にヒントを得た作。嗅覚コミュニケーションを発達させたマレー奥地山岳大森林の少数民族の調査隊を護衛する任務に就いた戦傷元軍人が、その嗅覚喪失により観察対象への参与が可能となり、嗅覚の復元を遂げていくことで、記憶が嗅覚と接続しているが故に、官能的であるが、軍と感染症というモチーフの忌まわしい真実を含んだ記憶を想起するに至るという筋立てになっている。
味覚を通じた嗅覚はむしろ人間が優れているといった生物学や文化人類学的な雰囲気が調和した良い短編。

▷受け継ぐちから/小川一水
停滞航法というワープの裏技で外の時間にわざと取り残されることで、感染症のない時代へ跳躍して治療を望む宇宙船。辿り着いた時代の医療が過去の感染症に戸惑いながら対応し、それでいて新しい感染症と未だ戦う姿に、過去からの旅人が逃避ではなく参戦を決意する話。

▷愛の夢/樋口恭介
難解だった。ウィルスから逃れるために千年のコールドスリープに入った人類と、その間の管理を行うAIを対比させ、地球環境と調和した文明を維持できるAIが愛という寛容と誠実と平安の合成関数によって文明と自分達を産んだ概念を追求する話になっている。

▷不要不急の断片/北野勇作
100字×10篇×7項の掌編を配列。頭に花見桜が咲いたりカブトムシがマスクに擬態したりヒト型機械が病気を真似たりはするが全体的にはgotoや緊急事態宣言やオリンピックを批判的に切り取ったエッセイテイストだった。

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