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ダブルバインドに疲れ果て。(毒母と友達の間で揺れる私)その4

 それにしても。
 母は、なぜそんなに妙子ちゃんの家が離婚をしていることに、こだわったのだろうか。妙子ちゃん個人の問題ではないのだと思う。
「両親が揃っていてこそ家庭は円満」
 という理想に固執しすぎて、思考が歪んでしまったのだと思う。
 もしかしたら母の両親(私にとっては祖父母)が、そのような考えを押しつけていたのかもしれない。
 よく毒親の親も毒親、と言われているけれど、親の考え方に大きな影響を受けることはよくある。本人は、両親を尊敬していると常々言っているし、私が見た限り、記憶の中の二人はそんなにおかしな人ではなかったように思うけれど実際は毒を持っていたのかもしれない。
 または、自分の家庭がそうなってしまうことを極端に恐れていて、そのことばかりに考えが行き、おかしな思考になってしまうのか。
 どちらにしても、10歳かそこらの子供に言うべきことでないのは、明らかだろう。
 妙子ちゃんより、ひどい話がある。
 家の近所に、一つ年上の恵子(仮名)ちゃんという女の子が住んでいた。薫(仮名)くんという弟もいた。
 近所なので、当然歩いているのをよく見かける。母は、恵子ちゃんと薫くんが通りかかると、必ず私の背丈まで身をかがめて、こう言うのである。
「見てごらん。あの子のお父さんはね。レーサーだったんだけどね。外国のレースで事故に遭って死んじゃったのよ。お父さんの亡骸はね、飛行機で帰ってきたんだよ」
 いつもは私に合わせてしゃがむことなど一切しない母は、この時だけ必ず耳元に近づいてくる。本人は、恵子ちゃん、薫くんに聞こえないよう耳打ちのつもりだったのかもしれないけれど、まずそのニアミスにびくびく。
 その当時から、母はいつも怒ってばかりいたので、至近距離に入ってこられること自体恐怖だった。
 次に「亡骸」という言葉。私は、3歳の頃からすでに死ぬことに対して異常な恐れを抱いていたので、死にまつわる言葉に敏感になっていた。
 頭の中で白木の棺が飛行機から降ろされるシーンを、勝手に想像してしまい、しばらく具合が悪くなってしまったものだ。
 2人が通る度に、この調子。
 10メートル以上離れた所を歩いているのを見かけた場合は、こっそりと指までさして呟いてくる。
 そこまで言われたら、私だって色眼鏡で2人を見てしまうというもの。同じ小学校なのだから、私は2人と毎日のようにどこかですれ違うわけで、その度に「亡骸」という言葉が蘇り、私はそれを頭を振って追い払わなくてはならなかった。
 母は、ここでも自分がその立場になることが怖くて、誰かに言うことでそれを拭い去ろうとしていたのかもしれない。                        でも。
 同じようなことをされている人が読んでくれていたなら、声を大にして言いたい。そんな親の心理状態を理解したり、いたわる必要はまったくない。もっと強く言わせてもらえば、受け入れてはいけない。相手が、違う。
 そういうことを言う親は、まず娘と自分が違う人間だということを認識していない。自分のお腹から出てきたのだから、分身だと思っている。
 最悪の場合は、一心同体とみなしている場合がある。誰だって誰にも知られない心の中では、けっこうひどいことを考えているものだけど、同一視している娘には、それをぶつけても良い、と大いなる勘違いをしているのだ。
 どうしてそんなひどいことを? と思うような言動をしてくるのは、心の呟きをそのまま口にしているから。
 同情の余地など、ない。聞く必要も、理解する義務もない。
 ただただ、理性が保てない愚かな生き物として、軽蔑すべき存在。
 さらに。
 無意識だろうけれど、見た目が小さい、後から生まれたなどの決定的な違いに上下関係を持ちこみ、目下の取るに足らない者には、何をやっても良い、と考えるらしい。小さいのは、当然。子供なんだから。
 特に娘に対しては、同性なのでそう思う傾向が強く男女の子供がいる場合、息子の方ばかりかわいがる母親が多いのは、息子に対しては「自分とは違う生き物」と潜在的に思うらしく、被害を受ける割合は少ないという。
 いや、そうではない。
 割合の話では、ない。やってはいけないことは、娘にも息子にもするべきではないのだ。
 私もずっと、なぜ母がこんなような話を幼い私にしてくるのか疑問だったのだけれど、カウンセラーの川波先生が、色々説明してくれたので、大分腑に落ちた。
 そして、よけいにわからなくなった。
 そんなことして、何が楽しい? 私がどう思っているかなど、みじんも考えたこともないのだと思うと、どうして、
「お母さん、もうそういう話はやめて」
 と拒絶しなかったのだろう、と遠い過去の自分に思いを馳せる。
 けれど、次の瞬間、それが無理だったことを思い出してしまう。
「やめて」
 と言ったことは、何度もあったのだろう。おそらく母は、やめなかったのだ。それどころか、きっとさらに傷つけることを言ってきたはず。セカンドハラスメントを受けないよう自己防衛をしないと、よけいに苦しくなるので、口をつぐんだのだ。きっと。
 20代後半の時でさえ、そうだった。結婚後、たまに外で食事をしていても、父の悪口を言ってくるので、
「お父さんのこと、悪口言うのやめてくれない?」 
 と言った。
 母は。
「あら。お父さんの悪口を娘と言い合うのが普通じゃない?」
 と一般論を持ちだして、笑みさえ浮かべていた。それは、普通の家庭の話。母と私は、そんな信頼関係を築いていないのだから、勘弁してほしい。
 こうして私からの頼みごとを、ことごとく反故にしてくるのだから、もっと幼い頃に何を言っても無駄だったのだ。そのことに、ずっと後になって気づいた。

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