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第2回 納豆を、哲学する 〜納豆を介してありのまま自分を愛したかったんだ〜


「第1回 納豆を、哲学する@屋久島」から1週間。
お昼にやってほしいという声から、早くも第2回目を開催させていただきました。

プレゼンの内容はほとんど変わっていません。
でも集まってくれた方々も、その場の空気感も、自分の納豆哲学も、1回目とは全然違ったものとなりました。


納豆を介して、ありのままの自分を愛したかったんだ...。


私は、今も昔も納豆が好きです。

納豆の背景にある生命のつながりも好きです。

そこには、時間や空間、物質の境界線はなく
繋がるというよりもむしろ“含まれている”という言葉に近しい感覚。

宇宙の全体性の一部であり、それ自体が全体性をもつ納豆
私も納豆のような生き方がしたい。


だから、私にとって納豆とは「生き方そのもの」でした。
そして、納豆のように生きていくことが私にとっての幸せだと確信していました。

でも同時に、これはなんとなく理想を語っているように感じていたのも事実。納豆を、どこか雲の上のように感じていました。


しかし、屋久島でリトリートに参加した最中にあることに気づいてしまいました。

私は納豆を介して、ありのままの自分を愛してあげたかったんだ、って。


自分が納豆のように生き、自分が納豆を愛するように、
私はこの世界中の生命だけでなく、ありのままの自分自身を許してあげたかった、愛してあげたかったんだって。


この時、小さい頃の思い出がフラッシュバックしました。
あの頃から私はずっと求めていた。
あの頃から傷を癒したかったんだ。

“ありのまま自分を許したい”
"ありのままで生きて生きたい”
“ありのままの自分を受け入れてもらいたい”

これが私の根底にある、願いだったんです。 

つまり私は、納豆を介して自分自身を見つめていたのです。
やっと、自分と納豆が本当の意味で繋がったような気がしました。


それに気づいて迎えた「第2回 納豆を、哲学する」


プレゼンしている内容はほとんど同じでも、腹の奥底から言葉が出てきて涙が溢れる。
そしてそれを集まってくれた、大切な大切なみなさんにありのままの自分の思いをお話しできたことが本当に幸せでした。




納豆に出会えてよかった...。

皆さんに出会えてよかった...。

私は幸せ者だなあ。



おわり!



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久保 陽香│Kubo Haruka

「人と自然とおいしいごはん」大学休学中。屋久島生活を経て、栃木県那須の非電化工房住み込み弟子入り。東洋哲学、樹林気功、発酵、納豆、ひじき、スパイスカレー、南インド、ガーナ、縄文人が好き

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