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透明な毒|大阪の岡田塾というスパルタ学習塾に通っていた話4

岡田塾の理事長は、禿げ上がった頭頂部と白髪を伸ばした側頭部という特徴的な髪型で、黒目が小さく睨みつけるような眼光があったのを覚えている。生徒から最も恐れられていた。

覚えているのは真顔でいるか瞬発的に怒気を発して怒鳴りつけるかという印象で、笑顔で話しているところをほとんど見たことが無い。

もしかすると笑顔で話していることも多かったのかもしれないが、常に怒鳴っている人間が時折浮かべる笑顔を、心からの笑顔として見ることができなかったのかもしれない。

どこの方言なのか語尾が「〜じゃい!」という言い回しで、夜21時頃に授業が終わり、帰り支度をしていると「おいお前!なんじゃいこれは!」などと何か見つけて突然怒鳴っては、髪の毛を掴まれたり、ビンタされたり、その場で深夜23時までの居残りを命じられたりした。

自殺騒ぎを起こした日の後、その理事長に母親と呼び出されて一体なんの話をされるのかと思っていた。

もしかしたら塾を辞めたいという意思が伝わっていて、辞めるための手続きなのかもしれないと思った。

部屋に入ると理事長はニコニコとしていた。
そして終始母親に話しかけながら、朗らかに「この子は本当はできる子でして、あとひとふんばりなんですよ〜」という会話をしていた。

私は、理事長と母親がなんの話をしているのか主旨がまったく分からず黙って聞いていた。私の中では励まされてどうにかなるようなフェーズではなかった。
だいたいの会話は「もうひとふんばり」「できる子なんだ」とかそんな話だったと記憶している。

すると会話が止まり「お母さん、ちょっと彼と話をしていいですか?」と言った。

「ちょっと来い」と言われて部屋を出た。

部屋の外で何か話すのかな?と思ったが、部屋から廊下まで出て階段を上がり、ビルの屋上に出てきた。

後述するが、ビルの屋上はテストの点が悪かった者を正座させる場所だ。
ここで外の空気を吸ってもあまり良い気分にならない。

いったいなんの話をするんだろう?と思ったその時、

「お前ぇええ!何をふてくされとんじゃい!!」
と叫びながら、思い切り腹を殴られた。

突然のことが理解できず、腹を殴られて声も出ない。
丹田を思い切り殴られた時の、体の芯から重さと冷たさが入り混じったような痛みが走る。

「返事はぁあああ!!?」と叫びながら思い切りビンタをされる。

腹を思い切り殴られているので返事などできる訳が無い。

涙目になりながら「うっ・・」と声を出したのを覚えている。

「返事ぃいいい!!」と言いながらもう一度フルスイングでビンタされる。

「ぁはい!」と振り絞って返事をした。

無言で戻っていったので、もう終わったのだと思った。

階段を無言で降りながら、一体何が起こっているのか分からなかった。
今している話は、多分塾を辞める手続きなんかではないんだろう。
いつもこの塾で起こる理不尽の延長線上で、この塾に通う生活はやっぱり終わらないのだと理解した。

ただ、こんなに殴られていて、母親は了承済みなのだろうか。
もしかすると、部屋に戻ったら「何をしたんですか?」とか聞かれるのではないだろうか、とも思った。

部屋のドアが開くと、母親が私の顔を見てガッツポーズを取りながら、

「泣くな〜♪男だろ〜?オーゥ♪」と言った。
もちろん笑いながらだ。

「このくらいの暴力は、このくらいのリアクションでしかない出来事なんだな」と理解した。

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