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機械翻訳にかける前に覚えておいてほしいこと

私は大学生時代、Yellowcardという洋楽のロックバンドの楽曲をよく聴いていました。このバンドはメンバーにヴァイオリニストがいることが非常に独特で、ギターのヘビーなサウンドとかなり相性がよく、激しいロックの中に繊細なヴァイオリンが涙を誘います。

Yellowcardは2017年、結成20周年で解散してしまいましたが、僕は最近でも思い出すと無性に聴きたくなるのです。そんなYellowcardのセルフタイトルである最後のアルバム "Yellowcard" には、Leave A Light On という寂しい曲調のピアノ曲があります。

この曲のサビの歌詞は以下の通りです。

Come home the lights are on I will wait for you year after year
Don't let the past become the reason you're not here
I hope to see the day you walking up the drive 
To come back inside

このサビの二文目に注目してみてください(0:55)。
Don't let the past become the reason you're not here.

いかがでしょうか。サビ全体的に、ある人を待ち続ける健気な人の表情が思い浮かぶのではないでしょうか?特に二文目は、なかなか深い一文だと僕は思います。ですが、これを日本語にしようとすると少し考えないと自然な訳が出てこないのです。まずはこれを機械翻訳にかけたらどうなるのでしょうか?

グーグル翻訳にかけた結果。

これでは全く意味が取れませんし、雰囲気ぶち壊しですね。「過去があなたが〜」という時点で二重に主語を設定していますし、「ここにいない理由にならないように」するというのも二重否定を効果的に使えていないので、分かりずらい。

このように機械翻訳の弱点は、こういう詩的な表現に対しても直訳で対応してしまうことであり、他のビジネス定型文では人間と遜色ない結果が出たとしても、まだまだ人間には及ばない分野があることを示しています。

それにしても Don't let the past become the reason you're not here. というのは、少し複雑な一文ですね。まずlet という動詞があって、「〜させる」という意味ですね。それに文頭がdon'tで来ているので、禁止を表している。「〜させないで」というのが文の大枠だというのが分かります。

ではletで何をどうさせないのか。the past(過去)に become the reason you're not here(あなたがここにいない理由になる)にさせないというのがベタ訳というか。でもこれではまだ分からないですね。

いろんな訳出はあると思いますが、要は「過去のせいでここにいない理由にはならない」つまり「過去は関係ないよ」ということなのでしょうね。拡大解釈すると「過去のことは色々あったけど、やっぱりここにいてほしい」ということではないでしょうか。

これは僕がTEDxKobe 2019でも力説した点でもあるのですが、人間の通訳翻訳が素晴らしいのは、そこに想像力があるからだと思います。文字から浮かび上がってくる光景があるからこそ、一見機械翻訳にかけるとバグった訳出になってしまう英文も、意味の分かるかつ味のある訳を出せるのだと思います。

そして本当の翻訳というのは、こういう想像力を駆使して頭で考えて考えて、ああでもないこうでもないと苦しんだ末に出てくるものではないでしょうか?そのプロセスに人間の美しささえ感じます。

例えば文中のletという動詞には「色々あったけど」なんていう譲歩の意味はありません。ですがこの一文の意味や気持ちを表そうとすると、日本語では譲歩の意味を持たせることも可能だということです。また「ここにいてほしい」という希望の意味もletにはないですが、日本語には出てきています。

もちろん僕は通訳者であってプロの翻訳家ではないので、翻訳家の視点からするとお叱りを受けるような訳出かもしれません、ですがこれまで何年もYellowcardを聴いてきて、この一文を日本語で表現するなら、こうなんじゃないかなと思って考え出したものです。そこにはボーカルのRyan Keyの少し弱々しい歌い方とか表情とか、バンドのキャリアを締め括るアルバムを制作しているという状況とか、背景情報が詰まっています。

人間の通訳翻訳者は、想像することができる。考えることができる。機械翻訳は考えることができないし、直訳で出して意味が分からない、ということを自己認識できないのです。機械翻訳の弱点を発見することを通して、人間が言葉を扱うということがどれほど複雑なものなのかがよく分かりますね。

そんなメッセージをとてもシンプルに表現しているTim Doner氏の言葉を引用して終わりにしたいと思います。僕のお気に入りTEDxトークです。

You can translate words easily, but you can't quite translate meaning.
試訳:言葉は簡単に訳せても、意味は簡単には訳せない。

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