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言霊~あの言葉が、今もなお、私を優しく包み込んでくれる~

「お母さん、俺の手袋知らない?」
「プリント、どこだっけ?」

毎朝、
息子が出掛ける直前になると
何かと慌ただしくなる我が家。

時間になると自分で起き、
朝食も会話を楽しみながら
ゆっくり食べ、
主人が見ている
テレビのニュースに目を向け
随分と時間に余裕がありそうに
見えるのですが、
なぜか決まってこのパターン。

しまいには
「あれ、今出したマスク
 どこに置いたっけ?」

あっちゃぁ…

「普段しっかりしているようで
 こういういうところは
 お母さんに似ちゃったんだよね」
 と私も苦笑い。

さて、
環境、特にも
日々生活する場を整えておくことは
とても大切なことですね。

環境と人の心は
密接につながっていると
言われています。

子育てをする上でも
環境はとても重要です。
そしてまた、
子どもに環境を整える術を
見につけさせていくことも
大切なことですね。


私は
結婚前に
幼稚園で働いていました。
結婚後もちょこちょこと。

幼稚園に入園して
まずおぼえること。
それは
所持品の始末や
遊んだ後のお片付けです。

朝だけでも
やる頃がたくさんあります。

例えば私が働いていた園では
登園したら以下の事をします。

外履きを脱いで靴箱にしまう。
靴箱から上履きを出して履く。
カバンや帽子をロッカーにしまう。
カバンから出席ノートを出し、今日の場所にシールを貼る。
出席ノートを指定の場所に置く。

一見
どれも簡単なことのように見えますが
実はこれが
とても難しいのですね。

そもそも
家庭生活の中では
室内に入るときに
上履きに履き替えるという習慣が
ありません。
そう、
出だしからハードルが高いのですね。

玄関にポンポンと靴を脱ぎちらかし
「せんせいおはよう」と言うと、
床にカバンと帽子を放りなげ
「いってきまーす」
と園庭の滑り台へまっしぐら。
「あぁ、ちょっと待って待ってー」
慌てて後を追い、連れ戻し
一つひとつ丁寧に教えていく…
スタートはいつもこんな感じです。

でも、ひと月もすれば、
どの子もだいぶ一人で
出来るようになります。

よく、靴箱やロッカー
個人用具などに
氏名の他に目印として、
猫だったりウサギだったり
一人一人マークシールが
貼られていますよね。

このマークシールが
名前の役割を果たしているのですね。

靴やカバン、帽子など
自分の持ち物をしまう時
まずは
このマークを探すのですね。

このマークが張られている場所が
自分の持ち物の置き場、
「お家」になるのです。

みんなで使う
おままごとやブロックにも
やっぱりお家があります。

それぞれのお家には
一目でそのお家と分かるように
絵や写真が貼ってあります。

お鍋はお鍋のお家へ
お皿はお皿のお家へ
ブロックはブロックのお家へ
ちゃんと返してあげるのですね。

こうして
使ったものは元の場所へ戻す
ということを
日々学んでいくのですね。

さて、
その片付けですが…
始めのうちは
この「お家に戻す」ということが
なかなかできません。

お鍋のお家とお皿のお家が
ごちゃまぜになっていたり
お家と違う場所に置かれていたり…。

次使う時のこと、
次使う人のことを考えたら
やっぱりちゃんとあるべき場所に
置かれていることが必要ですし、
それが相手への優しさだったり
自分の為でもあったり
するのですけれど、
最初のうちは
それが難しいのですね。

その場に私がいて
その都度声をかけてあげられれば
一番良いのですが
一人ではそれも十分に出来なくて…。

そんなこんなで
始めのうちは
だいたい片付いていたら
良しとします。

子どもたちと一緒に
今出来るところまでやって
不十分だったところは
子どもたちが帰った後に整えます。

そうして
後で環境を整えている時に
その日なくなって大騒ぎになっていた
ハサミだったりクレヨンだったりが
ままごと遊具やブロックの中から
ひょっこり
出てきたりするんですね。


ある日こんなことがありました。

「先生、僕の粘土のヘラがなくなった」

A君がしょんぼりと
私の元へやってきました。

ままごと遊具やブロックのお家に
入っていないか、
誰かの引き出しに入っていないか、
思い当たる所を
一緒に探してみましたが、
その時は
どうしても見つけることが
できませんでした。

「先生、あとで
 もう一度探してみるね」
そう話して
その日はA君と別れました。

子どもたちが帰った後、
保育室の掃除をしていたら、
部屋の隅の方から
探していた粘土ベラが
出てきました。

「こんなところにあった。
 見つかって良かった…」

ほっとした私は、
忘れないようにすぐに
そのヘラを
A君の引き出しに
しまっておきました。


翌朝。

いつものように
保育室で子どもたちを迎え
一人一人と挨拶を交わしていると
A君が驚いたような顔をして
私の所へやって来ました。

その手には、
昨日私が見つけた粘土ベラが
握られていました。

A君は私の顔を見るなり
キラキラと目を輝かせ
息を弾ませ、こう言ったのです。

「先生、Aのこれ、
 見つけてくれたんだね!
 ありがとう!」

そして、
握りしめた粘土ベラを
嬉しそうに見つめ、
飛ぶように去って行きました。

一瞬の出来事に
あっけにとられた私でしたが
次の瞬間
胸いっぱいに温かいものが
広がっていくのを感じました。

A君の『ありがとう』の言葉が
A君を、
そして私を
一瞬にして幸せにしてくれたのです。

『ありがとう』という
エネルギーのある言葉に
A 君の喜びや感謝といった
ポジティブな感情が加わって
それはもう
ものすごいパワーを放っていたのです。

あの日の
A君の『ありがとう』を
思い出すと
今でも胸の辺りに
温かいものが広がって
幸せな気持ちになります。

A君の声は
はっきりと思い出せなくても
A君の優しさや愛のエネルギーは
今でもずっと
私の中に残っているのです。

昔から
『言霊』
と言われているように
言葉には
ものすごいパワーが宿っているのですね。

言葉そのもののパワーはもちろん
その言葉に
どのような思いを乗せるかによって
人は幸せになることも
不幸になることもできる…

そうであるならば
私は、
自分を、
そして周りの人たちを幸せにする
『言霊』を発していきたい…
あの日のA君のように…


今、この世界に
愛の言葉が溢れたら
この地球は
今よりも、もっともっと
優しく温かい場所になる…
そう思います。




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