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闇と山の怪【怪談】

「・・・・・・・・・・・・ここどこだ」
これもさっき通った岩に見える。その木も草も、石の割れ目さえも同じに見える。崖を登っては降り、森を抜けてもまた似たような景色に戻ってくる。それ程高い山ではないはずなのに、民家一つ、鉄塔一つ見当たらない。太陽はすっかり尾根に隠れてしまい、影や物の輪郭は溶けて混じり、自分の足元を照らす懐中電灯のみが確かだった。

六合を越えて山道に突き出た針葉樹を潜り抜けた拍子に、積み上げてあった小石を崩してしまった。
「なんだよこんな蹴りそうな所にわざわざ」
そう思いつつも子供が行きがけに積み上げたのかもしれないしなと、念の為散らばった石を積み上げて前を向いた。
「・・・・・・霧?そんな予報出てたっけ?」
たった数メートル先が視認できない程白んでいる。山の天気は変わりやすいとは言えど、こんなに急に出てくるものだろうか。折角平日に休みを取って来たのに・・・・・・とりあえず七合目の休憩所まで行くしかないか。そこで少し待ってみよう。
そう思って進み始めたのにその休憩所に着かない。体感的にはもう登頂しているぐらいの疲れだ。先が見えない緊張感で余計に疲れてしまったにしてもおかしい。
そうこうしているうちに陽が落ちて、しまいには前にも後ろにも道が無くなった。山だから携帯が繋がらないのも理解出来るけれど、この山で今までに一度もそれが起きたことはない。俺は一体何に迷い込んでしてしまったのか・・・・・・。

完全に陽が落ちて、風も虫の鳴き声も聞こえない闇が俺を包み込んだ。

「・・・・・・どうしたらいいんだ」
どこまで行っても山、山、山。流石に山慣れしてるとはいえ疲れは蓄積しているし・・・・・・どうする?幸い雨を凌げそうな場所に避難する事は出来たけれど、ここでどうにか夜を明かすしかないか?朝になれば位置も分かるだろうし、帰宅していないことを家族が不審に思ってくれるはずだ。
そう思いリュックから水筒を取り出した時だった。

「━━━━━」

声、が聞こえた気がする。
自然と俺の足はその音の方に動いていた。
「おーい!ここだー!」
枝葉に服を引っ掻けつまずきながら斜面を駆け上っていく。
「━━ん━━━━でて━━━だ」
ああ!やっぱり誰かがいる!助けに来てくれたのか通りがかったのかはどうでもいい。とにかく人の顔を見て安心したい。この訳の分からない状況から脱せたと知りたい。
「ここだー!誰か!なあ!」
「━んだ━━ざわざ━━━よほう━━━たっけ」
このハギを超えればすぐそこにいるはずだ。
「あの誰か」
「そんなよほうでてたっけなんだよこんなけりそうなところにわざわざそんなよほうでてたっけなんだよこんなけりそうなところにわざわざ・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・だれか」
「えっ?」

黒い液状の何かが小石を積んでいた。
人・・・・・・?そう感じたのは「それ」が手の様な物を使い石を積み上げ人の言葉を発したからもあるだろうが、直観的に人だと感じたのだ。見た目にはこの世の者ではないのに、脳が「それ」を人だと認識している。

「あの・・・・・・だれか・・・・・・そんなよほう・・・・・・なんだよ・・・・・・なん・・・・・・た、たすけてくれよーいやだぁぁここどこだぁあ?おまえ・・・・・・お前も本当に美味しそうだな?」

「なっ、なんだよおまえぇ」
それは流暢な日本語を発したと同時に俺の方を見た。目も口も一切が無い、ぬめりと泥の塊が目的を持って小石から俺へと目標を変えた。

俺は一目散に逃げだした。

道無き道を掻き分けて進み、枝葉に服を破かれながら当てもなくひたすら歩き続けた。
山を一つ越えた頃、正体不明の「それ」が倒木の下に小石を積み重ねていた事を思い出して、自分の愚かさを呪った。

風の音一つしないこの場所で自分が出した以外の音は、全てあの人ではないものが出した音だ。
どれだけ逃げ回っても岩の隙間や木陰に隠れても「それ」は追ってくる。速度は俺より遅くても、着実に一定のペースで、障害物をものともせずやってくる。それにどれだけ時間が経っても空は白む気配を見せず、時間の感覚が無くなってい



マズイ。今寝ていたんじゃないか。
何時か……いや、時計を見る余裕は無かった。何分寝てしまったか分からない。寝ると言うよりは最早気絶だった。たった一瞬目を瞑っただけなのに、そんなにも体は疲れてしまっていたのだろう。
早く立ち上がってここから動かなければ、あれが来てしまう。幸い近くにはいないようだが

「助けてくれよぉ」

反射的に声がした方に目線を動かすと、俺の左腕の、肘から下が真っ黒な何かに覆われていた。

叫び、がむしゃらに逃げようとしても、「それ」と混じって繋がっている様でビクともせず、それどころか少しずつ「それ」は俺の体を侵食している。
俺は今まさに食べられているのか。
この得体の知れない「それ」は、人の通りそうな場所に石を積み、崩した人間に狙いを定めて森に迷わせ、こうして動けなくなった所を襲うのだ。そして俺はまんまと罠に嵌った間抜けな獲物……。

そう理解した途端、体中の力が抜け、地面にへたりこんだ。もう助かる見込みは無いのだろう。
腕が殆ど食われたところで、周りからも3体程近付いて来ているのが見えた。こいつらも俺の体を食いあさりに来たに違いない。

痛みが無い事だけは幸いかもしれないが、どうしてこうなってしまったのか。
言葉の意味を知ってか知らずか
「とっておき……とっておき」
と言って、1番小さい「それ」が俺の頭を覆い尽くした。

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