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病院こそが海外の現地事情を学べる貴重な場である

今この記事をお読みの皆様は、海外で事故や病気を経験したことがあるだろうか?

私の2年半にわたった南アフリカ共和国生活の中でも、特に貴重な体験だったのが現地の病院にかかったことだった。

前回の記事でご紹介した通り、以前私が自転車から転倒し負傷した時、助けてもらった現地人から「救急車を待っても来ないから、自分で病院に行ったほうがいいよ」と言われたのは衝撃的だった。
(事故の様子については、過去の投稿をご覧ください。)

実際には救急車を呼ぶことは可能だが、日本のようにすぐ来るわけではないので、自力で向かうかウーバー(タクシー)を使ったほうが早い。

さて今回は、この自転車事故ののちに現地病院にお世話になった体験についてお伝えしたい。


「治療費が払えないなら帰ってもらうよ」

ロードバイクで転倒したのちに、左ひざからタラタラと流れ出る血をハンカチで押さえながら私が向かったのはChristiaan Barnard Hospital(クリスチャン・バーナード病院)という総合病院の救急窓口。Christiaan Barnard氏は世界で初めてヒトへの心臓移植を行った医師で、国内では医療レベルが高いとされている。

(今回お世話になったChristiaan Barnard Hospital)

この時は土曜日の18時すぎ。この病院が観光地であるウォーターフロント地区の近隣に立地しているせいか、救急窓口にいた患者はわずか数人だった。

受付でパスポートを見せて氏名や連絡先を伝えたあと、周囲の痛々しそうな目線にさらされ、待つこと30分。

再び受付のおじさんに呼ばれ、医療保険への加入状況を聞かれた。そして、おじさんは続けざまに、このように言い添えた。

「治療費が支払えない場合、申し訳ないけど帰ってもらうよ」

「申し訳ないけど」という言葉とは裏腹に、事務的で、まったくと言っていいほど感情がこもっていない声のトーンが、私にとって、より冷淡に南アフリカの現実を突きつけているように感じられた。

私は現地の医療保険には入っていなかったものの、東京本社から海外旅行保険をかけてもらっていたので、おじさんに「大丈夫。お金は払えます」と即答した。

しかしそんな中、私の頭には、ある思いが浮かんだ。

「治療費が払えない人は、いったいどうなるのだろう」

日本と違って、南アフリカには国民皆保険制度がない。そのため、民間企業の医療保険(Medi Aid/メディエイド)を自分で契約するかもしくは、給与から保険料を天引きしてもらう形で勤務先が契約している保険会社を利用する。

また、医療保険に入っていない市民は、治療費が低い公立病院に行くこともできる。しかし、今回のような私立病院と異なり、公立病院は質の高いサービスを受けることができないのはもちろん、マンパワーが不足していることから、すぐ治療を受けることができない。

南アフリカ全体で失業率が30%を超えていて、特に黒人は厳しい経済環境下におかれている。彼らの中には医療費を工面する余裕がない人間も多く、日本のように誰でも一定レベルの医療を受けられるわけではない。このような現実を想像すると、天国のように景色が美しい南アフリカにも影の部分が存在することを思い知らされ、私は一人ぞっとしてしまった。

単なる傷口の縫合で2時間以上かかったワケ

そのあと診察室に通されてまた待つこと少々。そして、部屋に入ってきた看護師から事故の状況を聞かれたあと、血圧測定。

そのあとすぐに、男性の中年医師がやってきて、再び事故の状況を聞かれた。

損傷箇所を覗き込んだ医師は、「おお、派手にやったねえ」と、私にニヤリと笑みを向けた。私をリラックスさせてくれようとしているのか、それともただ茶化しているだけなのか。苦笑いを浮かべて相づちをうつ私。

これでいよいよ治療か、と思ったところで医師が一言。「これはPlastic surgeon(整形外科医)が必要だね」との言葉を残し、どこかに消えていった。すかさず看護師も「30分待ってね」と言い放ち、私を一瞥することもなく部屋を離れた。

今自分がいるのは南アフリカ。日本の病院のような丁寧な対応は期待できない。

「When in Rome, do as the Romans do(郷に入っては郷に従え)」

誰もいなくなった診察室で、この言葉を繰り返した。高校を卒業して15年以上経ったこの時、英語の授業で丸暗記させられた例文を自分に言い聞かせることになるとは思いもしなかった。

Plastic surgeonの意味がなにかも分からないまま、1時間近くが経過した時、やっと専門医らしき若い男性が入室してきた。ジャケットを脱いでいるところを見ると、外の病院からかけつけた模様。

早速傷口の消毒を行い、左ひざを約15針縫合した。

身体に糸が入る様子に目を背けようとしたところ、「南アフリカ人の治療は怖いか?」とジョークを投げかけられた。これが日本であれば「頼むから治療に集中してくれ!」と言いたいところだが、ここは南アフリカ。私はできる限りの笑顔を作り、「プロだから信用しているよ」と返した。

あとで分かったことだが、南アフリカでは初めに一般医(General Practitioner)という医師が診察したあと、必要に応じて専門医に紹介するというシステムになっている。このような事情で、病院に到着してから治療が完了するまで2時間以上を要したのだった。

病院は現地事情を学ぶ貴重な場

結局、縫合から1週間強で抜糸し、その間発生した治療費は合計で6万円ほど。病院で感じた不安は杞憂に終わり、傷口は順調に回復していった。

日系企業から赴任者という立場で海外(特に、日本よりも経済的に発展していない国)に来る場合、現地人とまったく同様に生活するというケースはさほど多くないかと思う。私の場合、南アフリカは日本より治安が悪いことから、会社負担でセキュリティが強固なアパートに住ませてもらったり、社用車を普段使いさせてもらったりしていた。

そのようなわけで、一般市民も通う病院にお世話になったことは、私にとって南アフリカの生活事情を学べる貴重な機会だった。

最後に、海外に渡航される方は、なるべく海外旅行保険に加入されることをお勧めします。

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