056 あまりに哲学的な・・・(続)

ボクの尊敬する作家、埴谷雄高は高齢になってさらにお喋りになった自分を評して、老人性饒舌症と言っていたように思います。著作も『死霊』自体は遅々として進みませんでしたが、老齢になって、もっとわかりやすいエッセイや評論、対談集を多数残してくれました。

歳を取るってのも、悪いことばかりではないですね。

それを参考に、というわけではありませんが、昨日の「あまりに哲学的な・・・」で書き忘れたことどもを少し補足させてください。3000字を超えると流石に自主規制が働いて、急に文章を終えてしまった気がして、珍しく今朝読み返したら、肝心の話をいくつか忘れていたことに気づきました。

一つは高山義浩先生の文章についてで、
感染の拡大を抑えるために、沖縄で日夜、最前線に立ちながら、
「罰則をつけてでも「社会は護られなければならない」という前提も受け入れがたく、それなら「どのような社会が護られるべきか」との問いを立てたく」なると書いています。

仮に自由と平等が二項対立しているとして、感染を抑えるために等しく自粛して家に籠っているのが正義なのか、これまで通りの自由な生活を続けるのか。それが、どちらかしか選べないとしたら二項対立ですが、ある程度の感染予防に努めながら、可能な限りこれまでに近い生活を営む、という選択肢はないものか。。。

店に来れなくなっているだけでなく、SNSすら発信しなくなっている客のことを思うと、やっぱりボクは店を開けていたいと思っています。それが一人や二人ではないのですから。

平成の終わる日の朝日新聞に、えらいてんちょうという人がコメントしていた、灯台のように365日、毎日開けている店はそれだけで特別だ、という言葉を信じて。

高山義浩先生は
「親しかろうが、親しくなかろうが、かけがえのない、あるいは今しかないイベントもあるでしょう。それを線上にプロットすることはできません。そして、誰かの人生を犠牲にしてまでも、護られるべき社会に私たちは暮らしているのか」
よく考えないといけないと結んでいます。

もちろん、最大限の予防対策に努めろ、マスクをしながらの会食しようなんて呼びかけは何の役にも立たない、できるだけ会食は控えるべきだ、と感染症抑止の最前線に立つ医療者としての警告をした上で、ですよ。

でも、家族がいない男性にとってバーのママは家族同様に固定化された相手だと書いていたことは、前に書きましたね。新型コロナウイルス騒動が収まるまででいいから、この国のトップに立ってくれないかしらんと思うのはボクだけではないでしょう。

もう一つ書き忘れたのは、
宇宙物理学を研究している青年との会話で思い出したこと。

10代の頃から何故か宇宙に憧れていたボクが、「いま宇宙人が現れて、この宇宙船に乗ったら宇宙の果てまで連れて行ってあげる、と言われたら、即飛び乗る」と言ったら、しばらく、当時のガールフレンドに口を聞いてもらえませんでした。

これは自由と平等の問題ではなく、責任感とか常識ってやつですね。ま、若気の至りってことで。

彼は子供の頃に連れて行ってもらった旅行で、美しい星空を見て、天文学に憧れたそうです。でも、ボクのように単なる憧れに済ませないで、彼はそれを生涯の研究テーマに選びました。そこが偉いでしょ。ボクみたいにフラフラしていないっていうか、一本筋が通っている。

そして、あの日曜にボクが店を開けていなかったら、出会うことはなかったでしょう。ボクも偉い?!って、、、んなことを言いたいのではありましぇーん。。。

この広い宇宙で、知的生命体がいるのは地球だけなのか?
宇宙の始まりとされるビッグバンの前には何があったのか?

訊きたい話はいっぱいありますが、まず「投げ銭サイエンス・カフェ」では、
「タイムマシンの作り方」から始めます。

だって、相対性理論や超ひも理論とか聞いただけで、眠くなりませんか?

現代の最新物理学的には、タイムマシンは製造可能だそうです。ただし、残念ながら過去には行けないそうです。行けるのは、タイムマシンができてから先の未来だけ。

あれー。。。
と思うか、
ワクワク
するか。

その二項対立、2/15に解決しましょう。

三つ目、これで最後にします。「続」のほうが長くならないように、もうすぐこの項終えまーす。

話は二項対立に戻って。
自由と平等という二項対立の呪縛を問いかけた友人に、ボクは大好きな杉崎恒夫の歌を送りました。頭では平等を志向しながら、心では自由を選ぶボクの心に、ずっと刺さっている歌です。

ブドウぱんのどこを切っても均等なブドウのような愛はいらない (杉崎恒夫)

愛や友情、それにアートって、きっと平等だけでは生まれないし、測れないものかもしれません。それらは自由な心に宿るものであって、不平等や孤独が生み出した傑作を、平等でないからと捨て去ることはできません。

そもそも愛だって、自分にないから求めるってこともあるだろうし。健康な笑顔だったり、身長だったり。。。山田太一の『君を見上げて』って小説好きです。自分よりずっと背の高い女性を好きになる男性の話です。

やっぱ、この世界は2元方程式で解くには難しすぎますね。2項対立では解決しないんじゃないかなぁ。

杉崎恒夫については、
「016 透明な悲しみと、それを突き抜けたところに存在する明るさ」でも触れました。ボクが小島ゆかりと並んで好きな歌人です。

「短歌好きあつまれ〜」の次回は、1/30(土)15:00〜。
短歌を作らない、好きな歌人や歌集の中から紹介し合うだけの、ゆる〜い会です。

でも、自分が作った歌を聴いてほしい!という人がいたら、許しましょう。この店は、なんだってあなたのしたいことを認める、自己実現の場所だから。

そう、いつだって心は自由であるべきです。頭には平等や他者への共感を置いて。

えっ、あなたが作った短歌に共感できるかって? うーん、残念ながら、それは保証できませんからねー。

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