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【第9話】つまりは、やがて大破する大船に乗ってトロピカルジュースに酔いしれるようなものさ


旧号

前説

やあ読者諸豚ごきげんよう。あの阿部くんがどうやらこのブログを一気読みしてくれたらしい。本来であれば直接出向いて感謝を伝えるべきところだが、あいにくこちらもスローライフで忙しい。

そんなことを言いつつ、僕がメンエス嬢顔射モノでちゃっかりと抜け目なく抜く畜生だということをもちろんあの彼が見抜いていないはずがない。

その上でこの曲を彼に贈ろう。

と、ここまで書いて下書き保存しておいたら気付けば2ヶ月も経っていた。その間に起きたことの中で最もハイになったことを一つ挙げるとするならばそれは間違いなく、阿部くんが深夜バスに乗ってどんぶらことここ熊野へ遊びに来たことをおいて他にない(ちなみに次点はオークワで小雪似の美女を見たこと)

滞在中は一緒に畑作業をしたり、山ちゃんを交えて育生町のちゃやでジビエカレーランチ&北山村温泉プチツアーや鍋をしたり、喫茶ローゼンでカレーセットを食べたり、ベジタブルカレーを作ったり、人生史上最も好きなバンドベストスリーを発表し合ったりと忙しなかった(ちなみに僕はピクシーズ、スティッフ・リトル・フィンガーズ、ザ・フー。結局十代で出会ったものばっかり)

彼が三つ挙げたあとでバズコックスは?と聞くと彼はあぁと苦悶の表情を浮かべた。その様子は紛れもなくバズしたコックスそのものだった。まあだけどドント・マインド。またいつでも遊びに来てね。今度はぜひ愛しの聖母も一緒に。

いけない、いけない。前説だけで600字近くも費やしてしまった。思えば昔から「前」がつくものに目がなかった。前戯に熱を入れ過ぎるあまり彼女に「あたしと手マンどっちが大事なの?」と詰問されたこともあったし、英語の前置詞を辞書からくまなく見つけ出して単語帳に書き綴ったこともあった。

もういっそ前説なんてやめたらいいのにといった声もちらほら聞こえてくるが、僕は断固たる決意でもってそれを拒否しよう。と言いつつ、あっさり前言撤回することも大いにあり得る。なんたって「前」がつくものに目がないのでね。

「そのわりに前略はしないんだね?」と悪戯に笑う君は、あの頃のペニー・レインなんかよりもずっと愛らしくて愛おしくて、そしてちょっと恨めしくもあった(何これ?)

次号へ続く。



嘘ぴょん。卯年だけに。
では気を取り直して本編へ。

本編

2022.12.25

親知らず抜歯後の経過はすこぶる良好で、この頃には煎餅なんかも臆せずパリポリできるようになっていた。これでようやくまた動き出せる。お腹の脂肪とは裏腹に、胸には希望が溢れていた。

恋人たちが聖夜もとい性夜に血を沸かせ肉躍らせる頃、僕は部屋で一人パソコン画面をまじまじと見つめていた。スタンド型の間接照明だけに照らされた部屋は危篤一歩手前といったぐらいに弱々しくて、今すぐにでも外へ飛び出して道行く人々に向かって「部屋が危ないんです」と訴えかけたいほどだった。でもそんなことをすれば「いいえ、危ないのはあなたの方です」と諭されるのが関の山なので泣く泣く自重した。

僕のわずかばかりの名誉のために言うが、マスをかいていたわけではない。そうではなくてね、夢を描いていたんです。今あなたはきっと「そういう耳触りの良いだけの心に全く何も響いてこないセリフはディズニー映画にまかせておけばいいから。で、本当のところはどうなんね?」と思っていることだろう。

え、本当に?あの天下のディズニー様に向かってそんな大それたことを?あなたのその反骨精神の前ではきっとあのジョニー・ロットンでさえも平伏してしまうだろう。

事実、あなたはすごいのである(ナポレオン・ヒル調で)

誓って言うがこの世にディズニー映画ほど素晴らしいものはない。まさにノー・ミッキー・ノー・ミニー。できればとことんまで語り尽くしたいところだが、それはまた別の機会におくとしてひとまず話を前に進めよう。なんたって前がつくものに目がないのでね。

さて、このとき僕が何をしていたかというと他愛もないコーディング作業である。数年前から運営しているイングランド・プレミアリーグのとあるチームの情報まとめサイトをいつものようにちまちま修正していた。熊野移住への想いはもちろん消えてはいなかったが、それがもう風前の灯火になりつつあったのは紛れもない事実だった。

読者諸豚。これこそが、本編の冒頭で「胸には希望が溢れていた」などと豪語していた者の真の姿である。言うまでもなく、骨の髄までビビり切っていた。現実味を帯びるに連れて「移住なんてそんな大それたこと、自分なんかにできっこない」という思いもより確かなものとなっていった。「できっこないをやらなくちゃ」そんなサンボ山口の力強いメッセージも、当時の僕にとってはディズニー映画のセリフと同じぐらい無意味なものでしかなかった。

いくらその地に移住したいと強く願っても、現実問題住む家がなければそれは叶わぬ恋で終わる。だから、このあと自分がやるべきこともよく分かっていた。それは家を探すこと。そんなことは火を見るよりも明らかだった。その火がたとえ風前の灯火だったとしても。

幸い、時間だけはたっぷりとある。それならば現地にしばらく滞在して探そうと思った。そこで僕は市の運営するお試し移住体験施設に予約を入れることにした。ここまでは良かった。実行に移すまではいつだって完璧。それが僕という人間のすべて。

そこから僕は、朝起きて「よし、今日こそは予約をするぞ」と決意して「よし、明日こそは予約をするぞ。。」と失意のうちに床に就く肥溜めのような日々を2週間ほど続けた。

とはいえ、まったく何もしなかったわけではない。11月末の時点で一応「来年1月から利用させていただきたく思っております候」と軽くジャブは打っておいた。そのとき市の移住担当・濱田氏からは「ばっちりんこ空いております」という有り難いお告げもいただいた。

それで僕もすっかり大船に乗ったつもりになった。その大船の日の当たるデッキでラウンジチェアに寝そべりながらトロピカルジュースとトロピカルハウスに酔いしれる僕を、あの嫉妬好きな神が放っておいてくれるはずもなかった。

そして、あっけなく年が明けた。
正月気分も足早に過ぎ去り世間がまたいつもの閉塞感を取り戻す頃、僕は満を持して意気揚々と濱田氏に「来週からお願いできますでしょうか?」的なメッセージを送った。すると氏からはこう返ってきた。
「さーせん、もう予約入っちゃいました」

大船は見事に大破した。その後、ミャンマー沖あたりまで流れていき海の藻屑となってついぞ消えた。不幸にも神の不興を買ってしまった僕は幸い一命は取り留めたものの、飲みかけのトロピカルジュース以外の一切を失った。まさに前途多難。

なんたって、前につくものに目がないのでね。

次号へ続く。

後記

この前の日曜日、性懲りもなくまた婚活イベントに行ってきた。場所は熊野市唯一のイタリアンレストラン・イルレガーロ。その後、極寒の鬼ヶ城へ。とか言いつつソフトクリームはちゃっかり食べた。

婚活といってもそれほど堅苦しいものではなくて、友だち作りましょ的なあくまでゆるーい感じだった。個性的な人や地元の人とも出会えて楽しかった。こういったイベント事に参加するとどうしても、自分だったらこうするのになーと歯がゆい思いをしてしまうことが多い。企画する勇気は今のところないけど、まだまだ希望は捨てていない。それまでは引き続き参加者の立場に甘んじながらアイデア練りに精を出すとしたい。

すべては夢のハーレム生活実現のために。

最後に、不幸にもこのブログを読んでしまったYさんへ。お目汚し大変失敬。眼科検診はなるべくお早めにね。

●読後のデザートBGM

次号はこちら。


※ホ別。