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君の、その瞳の先に

「勉強なんて、どこででもできますよね」
そうだね、といつも私は心にもないことを言う。

Aちゃんは21歳。本来なら今春で大学4年生になる。けど彼女は昨年の夏から休学中、この春もまだ復学はしないという。休学してからこっち、大勢のオトナの中で興味深い経験をたくさんさせてもらっていると、楽しそうに話してくれた。

「みなさん、優しくて。すっごく色んなことを手伝わせてくれるんです。大学じゃこんなことできないし、毎日充実してます」
台本のセリフのような言葉を、彼女はさらさらと話す。私は、こんな言葉がするりと出てくるのがすごいねえと鼻白みながらもにっこり頷く。

私も、そのひとりだ。彼女にとって「手伝わせてくれるオトナ」のひとり。

知人から「大学休学中で色んな経験をしてみたいって学生がいる。何かない?」とライトに聞かれ、「色んな経験」て何だよと思いながら、まあいいかとライトな原稿の校正と資料の整理をライトに手伝ってもらった。

写真データの仕分けをしながら、Aちゃんはぽつりぽつりと話をする。やりたい仕事、行ってみたい国、外国を渡り歩く友人の話。やがて話の主語は壮大になり、日本がどんなにちっぽけな国か、日本で働くサラリーマンがどれだけ国に搾取されているか。世界がどれだけ広いか。そして果てはいつも、起業やフリーランスで生きていきたい話になる。

「勉強なんて、どこででもできますよね。大学じゃなくても」

いつもなら、そうだねと適当な相槌を打つ私。けど、なぜかその日はそれには答えず質問を返した。

大学には戻らないの?
「時間がもったいないような気がするんです」
じゃあ、退学だ。
「あ、クニさん冷たい。へへ。でも親が許してくれなくて、とりあえず休学ってことにしたんです」 
ふうん。
「……クニさんて、いっつもその先、聞いてきそうで聞いてこないですよね」
責任ないもの。
根掘り葉掘り聞いたら、私も何かカードを出さなくちゃならない気がするし。
「私みたいな学生、どう思います?」
めんどくせーって思ってる。
「あ、また冷たいこと言う」
まだ、学生って思ってんだ、自分のこと。
「あー…、はい。そうですね」

「どう思いますか」
ん?

「どう思いますか」
何が。

「大学、このままやめていいんでしょうか」
知らんなあ。

「クニさんは、私をどう思いますか……」

私は、Aちゃんの顔を見てぎょっとする。声を詰まらせた彼女は、切れ長の目からはらはらと涙をこぼし、口元をぎゅっと結んでいる。

なんの涙だ。これはなんの涙だ。私が適当に答えたからか。だいたい、私は主語がでかい話はきらいなんだ。外国の文化に憧れたり驚いたりするけど、日本が好きだし死ぬまで日本で暮らしたい。町も食べ物も安全だし、不満が多少あっても不安はさほどないし。

て。そうじゃない。落ち着け自分。

今の彼女の話の主語は、ちっとも大きくない。

主語は「私」だ。21歳の女性が抱える、最小にして最大の主語だ。そしてとても重い主語だ。

深呼吸して、私は考える。絞り出された彼女の主語を、無下にしてはいけない。

お茶を淹れ、彼女に渡してから、ひとこと。

「私」の話をしようか。聞いてくれる?
そしてあなたも「私」の話をしてよ。


日本とか、世界とかじゃなく、そんなのあとでいいから。
「私」と「私」で話そう。


あなたの瞳の先に、何が映っているのか教えてよ。













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