見出し画像

戦闘服からヘッドセットへ 21 ~莉里の消えない傷~



 瑠美と莉里は、カウンター席からチームメンバーが座る小上がりに合流した。皆が勢ぞろいした飲み会は久しぶりだった。

「おい、それ本当か?」
 上杉は驚き、瑠美に向かって声を荒立てた。
「うん、そうだよ」
「そんな状況だったのか、相談してくれたら協力したのに。女が外でタイマンは危ないだろう。せめて職場で話した方が安全だ」
「そうだな。それか、すすきの交番の前とかな」
 赤い顔になり始めた佐々木は、真顔でそう言った。
「いやいや、佐々木さん。それはすすきので有名になっちゃいますよ」
 横尾はそう言うと、笑った。

「すすきの交番の前で、土下座したら最高過ぎる。風見って反対フロアの人だよね?廊下で可愛い女子とよく話してるから。なんか怪しい奴だなって思ってたんですよね」
 新藤のその台詞に瑠美は反応した。

「泣き寝入りした子が多くて、大半は辞めたみたい。私は飲みに行っただけだからマシ」
「ただで飯が食えてよかったな」
「いや、割り勘だったよ」
「・・・だっせぇ」
 男性陣は少し引いていたが、三平だけは瑠美の話を聞いて、すすり泣いていた。

「おい、なんでお前が泣くんだよ」
「いや。・・・僕は、そんな風見とか言う人のように、おいしい思いした事なんか無いなぁと思って。それどころか損ばかりしてきたから、悲しい想い出が浮かんできて」
「三平さん、どういう意味?」
 横尾は大きな瞳を三平に向け、聞いた。

「いや、いつも女の子にご飯奢ったり、プレゼントしても、最後には『ずっとお友達だよ』って言われるんだ。僕は友達じゃなくて彼女になってほしかったのに。それに、相手が欲しいって何度も言うから、買ってあげたのに」
「それ、好意を利用した確信犯だな。とんでもない女ですね」
 横尾は憤慨しながらも、聞いてしまった事を申し訳なさそうにしていた。

 上杉は、隣に座る三平の肩に腕をまわした。
「大丈夫だよ、世の中そんな女ばっかりじゃない。運が悪かったんだ。これから、もっと良い女に出会うための勉強だよ」

 瑠美はその言葉を聞き、ビールを上にあげて声にした。
「そうだよ三平!私だって、これからだ!ところで、吉沢亮に似た人はどこにいるの?」
「「いねーよ」」
「瑠美さん、反省してないのかな?」
「同じ目に合いそうだな」
 新藤と佐々木はそう言いながらも笑っていた。

「いや、今日は私と三平を励ます日だね」
「三平の日だろ」
「私もだよ!」
 瑠美のリアクションに、メンバーは大きな笑いに包まれた。

「大丈夫だ三平、男はこれからだぞ。俺は学生時代から、ずっとモテちゃってるが、お前はこれから味の出る男だ!」
「おい、遠回しに自分がモテて来た事を自慢するなよ」
「まぁ、虎は一部の女子にモテそうだよね」
「一部って何だよ!」
 新藤は、ぼそっと本音を漏らした。
「オールラウンドにはモテなさそうですもんね」
「そう!オールラウンドにモテるのは、横尾っちだよ」

 瑠美が声を大きくしてそう言うと、三平は決意したようにテーブルを叩いた。
 バン!
「よし。俺、乃木坂みたいな清楚系で性格の良い子と付き合う!」
「良いぞ三平!目標は大きく!」
「まずは痩せるためにジムに通うぞ。どこのジムが良いかな?」
 三平はスマホを取り出すと、その場ですぐに職場近くのジムを検索していた。
「細マッチョを目指すならシルバージムじゃないですか。会社帰りに行きやすい場所がありますよ。食事についてのアドバイスもくれるし」
「横尾、詳しいな。でもそこは、料金が高くなるはず」
 皆も、良いジムはどこか、という情報を出し合った。
「私も、嵐の大野君そっくりな素敵な良い人と付き合うために、一緒にジム行こうかな」
「おお!二人とも、目標が・・・高過ぎじゃないか?」
 楽しそうにつっこむ上杉の姿を見て、莉里は微笑んでいた。
 そんな莉理を見て、瑠美は莉里の耳元へ近づき、小さな声で伝えた。
「ねね、莉理ちゃん。私の事を高橋さんって呼ぶけど、会社の外では瑠美って呼んでよ」
 莉理は、えっ、という表情をしたが、嬉しそうな笑顔になって答えた。
「じゃあ、瑠美ちゃんて呼ぶね」
「おいおい、女だけで何を楽しそうに話してんだよ」
 2人は顔を合わせ、おどけた顔をした。
「虎には関係ない!なんでも良いでしょ」



「ご馳走様でした」
「いつもすいません、また来ます!」
いつの間にか、時間は夜の11時を過ぎていた。
「どこのカラオケにする?」
「いや、この前行った所と同じで良いだろう」

 莉理と瑠美は次に行くと、終電が過ぎる事を察し、行くかどうか決めかねていた。
「瑠美ちゃん。私、明日のシフトが早なんだ。だから、カラオケはやめとく」
「あ、早シフトなの?それは次に行くの無理だね。終電まであと一時間だし。私は、休みだから行こうかな」
 話が聞こえたのか、佐々木が気を使って声をかけてきた。
「坂口さんは明日、早だよな?帰った方が良いだろ」
 前を歩いていた横尾は、スマホでカラオケの場所を確認していたが、すぐに反応を示した。
「あ、そうですよね。莉里さん明日も早ですよね。僕らは遅シフトですけど」
「うん、ごめんね!次は、必ず行くね!」

 莉里は、名残惜しそうな顔で皆へ手を振りながらJRへ向かった。残ったメンバーも笑顔で莉里を見送っていた。
 上杉はその後ろ姿を見て、ポケットに入れていた両手を出し、駆け出した。
「俺、駅まで送ってくるわ」
 一人で駅へ向かう莉理が心配になったのか、追い掛けていた。 

「虎って、意外と男らしいんだね」
「やる時はやる男って、よく自分で言ってるからな」 
 佐々木のその台詞を聞いて、瑠美は吹き出した。
「それ、自分で言う?」


「待って!JRって事は、桑園とか厚別?いや、まさかの江別とか?」
「え・・・、上杉さん!」
 莉里は、いきなり隣に現れた上杉を見て、驚いた。
「街中だけど、夜は危険だから、駅まで送るよ」
「え、ありがとう」
「どうせ朝までカラオケだし」
 上杉はそう言って笑い、莉理が持っていたハンドバックを指さし「持つよ」と言いながらさっと受け取った。

 周りには、飲み会帰りの会社員や駅に向かう人々で行き交っていた。かすかに暖かい風が頬を通り過ぎ、青葉の香りがする時期も近い事を予感させた。
「今日は暖かいよね」
「ああ、俺なんて昼にはTシャツでいけたからな。夜はさすがに無理だけど」
「自衛隊時代に鍛えたから、新陳代謝が良いのかな?」
「いやいや、もう10年前だぞ。さかぐっちゃんは、今の仕事の前に、他の仕事やってた?」

 莉理は少し考えた顔をして、ふっと笑って声にした。
「うん。小学校の先生をしていたの」
「先生?すげえ、さすがだな」
 莉理は首を左右に振って、少し下を見た。
「そんな事ないの、やりたくてなったのに。ダメダメで、失敗ばかり。理想とは程遠かった」
「おう、そうか」
「・・・・うん」

 JR札幌駅の南口が近くなると、タクシー乗り場が見える。2人は、その横を通り過ぎて南口駅前広場の方へ向かった。

「小学校にもね、学級崩壊はあって。そんな事にだけはならないように、って思って」
「学級崩壊か、たまに聞くな」
「うん、だけど。元気な子が多いクラスの担任になって、悩んで自分なりに努力して取り組んでたんだけど。なかなか上手くいかなくて、・・・気づいたら授業中に教頭先生が後ろに着くようになっていたの。いつの日か、夢の中でも仕事をしてた。そしたら、ある日、職員室で過呼吸を起こしちゃって」
「・・・おお、うん」

「子どもたちの前では出ないけど、職員室でいきなりなるの。周りに迷惑をかけたくないから、休まずに仕事に出ていたけど。いつか、子どもの前でそうなったらどうしようって」
「うん」
「夜も寝られなくなって、ご飯も喉が通らなくて。・・・母がね、言ったの。仕事よりあなたの体の方が大事だから。休養に入るか辞めてほしいって」
「・・・・そうか。母さんは、心配するよな」

 広場に入ると、駅と隣接した商業施設の建物“ステラプレイス”がきらびやかな明かりを煌々とさせ、華やいでいた。
 建物の上部には、たくさんの星柄で彩られた時計が、11時15分をさしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?